2008-11-05から1日間の記事一覧

貴重な映像が観られてよかったです。あのような舞を舞う人たちは、どうやって選ばれているのでしょう。神社の人たちですか?あの祭祀は一般の人はみられないのでしょうか?

江戸時代初期に編成された三方楽所(京都・天王寺・南都)の話は講義でもしましたが、これらの多くは明治初期に再編成され、その中核は宮内庁楽部として活動しています。現在関西方面に存在するのは、三方楽所の伝統を受け継ぐ春日大社の南都楽所と四天王寺…

『史記』にも剣の舞を舞いながら相手を刺そうとする場面があったように思いますが、日本もそのような影響を受けて武器を持った舞が発達したのでしょうか。 / 舞を舞ううえで剣や鈴を用いることには理由があるのでしょうか。

中国の影響は強いとは思いますが、もちろんそれだけではなく、在来系には在来系の独自の発展過程があったと思われます。弥生時代の土器や銅鐸には、すでに鳥の格好をして武器を持った人々の姿が描かれており、演舞もしくは模擬戦の様子を表現したものではな…

朝鮮半島にも集団の剣舞があるのをテレビで観ましたが、外来系/在来系と明確に分けられない可能性もあるのでしょうか。

そうですね。プリントに載せておいた外来系の度羅舞などがいい例です。これはビルマに由来するとの説もあるのですが、武器を用いた集団演舞である点から、逆に日本と交流の深かった耽羅のものではないかと推測したのです。もちろん、中国にも集団の演舞はあ…

前近代社会や民族社会においては、なぜ「人間神」という概念が持ち出される必要があったのでしょう。

神を奉祀する存在がやがて神性を帯び、それ自身神と同様に崇拝されることになるのが人間神でしょう。日本の天皇もそうですし、誤解を恐れずにいえば釈迦やイエスにも類似の痕跡をみてとることができます。宗教の原始段階においては、広く共通して見出せる事…

乙巳の変のあとにも、王殺しの思想に基づく事件やその記述は存在したのでしょうか。

どうなんでしょう。従来の日本史では、天皇制の存続を考えるとき、政治的権力は将軍に移ったが宗教的権威は天皇にあり、ゆえに日本列島においては、天皇/将軍による二元的支配が長く続いたといわれてきました。しかし近年の研究では(例えば曽根原理『神君…

王殺しが首長霊を取り去る作業なら、逆に新たな身体へ憑依させる祭儀もあったと思うのですか。

日本で最も注目されるのは〈真床襲衾(マドコオブスマ)〉と呼ばれる大嘗祭の秘儀です。秘儀ゆえに、具体的にどのようなことが行われているのか分からないのですが、ニニギが天孫降臨の際にくるまっていた敷物に体を包むことで、太子は天皇霊を憑依させ新天…

春学期の「日本史概説」では、アニミズムに基づく神殺しの問題が出てきました。生き物を殺して利用しても生命を奪ったことにはならないという発想は、樹木の場合にも適用されたのでしょうか。つまり、樹木を伐ってもその精霊は残ると考えていたのでしょうか。

そうです。樹木にも生命の根源としての精霊=樹霊が宿っていると考えられており、この樹霊を木で作る邸宅や船舶の守護神に転換する祭儀(木鎮め)や、イヲマンテと同じく精霊の世界へ送り返す祭儀(木霊送り)が、古代から連綿と受け継がれてきています。例…

神道とアニミズムは同じものですか。

厳密にいうと、現在日本で行われている神道は、中世から近世にかけて儒教や仏教の影響を受け体系的宗教としての形態を整えたものなので、アニミズム的ではなあってもアニミズムではありません。神道の原型は古代にあり、「神道」ではなく神祇信仰と呼んでい…

アニミズムは日本固有の信仰と習ったのですが、世界にも似たような宗教形態があったのですか。

もちろん日本固有ではなく、極めて普遍的に存在する最も原始的な宗教形態のひとつを指します。イギリスの人類学者ターナーが最初に使用し、以降多く使われるようになりました。講義でも説明したとおり、森羅万象のあらゆるものに人間と同じ霊魂=生命(アニ…

「俳優」をワザヲギと読むなど、古代の史料は訓み方が非常に特殊です。現代とあまりにも違うのは、漢字の読み方自体が変化してきたからでしょうか。

7〜8世紀は、古代国家の官人層を中心に漢字の受容が進み、倭の在来の言葉をどのように漢字・漢文で表記するかという試行錯誤が進んだ時代です。ゆえに、どのような言葉をどのような文字で表すかはまだまだ不安定であった、いいかえればその形成期であった…