2010-05-07から1日間の記事一覧

シャチが海の主とされていたのは、具体的にどのような地域でしょう。「鯱」という字には「虎」が入っているので、何となく大陸に繋がるのかと思ったもので。 / ワニの件ですが、サメとされているのはシャチに似ているからなのでしょうか。

アイヌや、アムール川周辺の狩猟採集民に、「シャチ」を海の主とする伝承が残っています。確かに魚+虎という字は、陸上における虎の対応物を連想させますが、「鯱」字は国字なんですよね。ただし、列島に虎はいないものの、大陸におけるその猛威は知識とし…

以前、キツネも尾が稲穂に似ていることから穂落神とされたという話を本で読みました。キツネには、農耕の季節に水田を訪れる習性はなかったのでしょうか。

キツネが水田に集まる小動物を狙ってやって来る、ということはありうるかも知れませんが、あるとすれば多くは畑の場合でしょう。山中・山麓の畑に集う兎や狸は、狐の格好の標的になったはずで、その意味では狼と同じように農耕の守護神とされたことも頷けま…

銅鐸絵画について、○頭が男性で△頭が女性とのことですが、一般的には逆の方がイメージしやすいのでは?

確かにそうかも知れませんが、現在のイメージで歴史的遺物を解釈するのは危険なことでもあります。銅鐸絵画を総覧してみると、○頭の人物は、武装したり漁労や狩猟に勤しみ、△頭の人物は脱穀や米搗などを行っています。民族社会においても、前者が男性、後者…

史料5の鹿ですが、単純に実りを害していたのは鹿ではないかと思ってしまうのですが…。 / 肉・皮を得るのに動物の許しを乞うのは分かりますが、なぜ稲を収穫するのに動物との契約が必要なのでしょう? / そもそも、なぜ鹿と農耕とは結びつくと考えられていたのでしょうか?

まず列島の場合には、古代から現代に至るまで農耕と狩猟が密接に結びついていたことが挙げられます。農耕による収穫を順当に得るためには、それを食べに来る「害獣」を排除しなければなりません。それゆえに、狩猟と農耕とがセットに行われるようになり、春…

狩猟と供犠とはどのように関係するのでしょうか?

供犠とは、そもそも自然からの恩恵を受けることについて、自らの最も大切なものをもって祈願あるいは返礼する行為であったようです。ですから、最初の稲の収穫は初穂として神に捧げられました。狩猟もそれと同じで、最初の獲物、あるいは最良の獲物が、神に…

西方浄土という考え方があるとのことでしたが、『西遊記』で西を目指すのは、天竺が西にあるというだけでなく、西方に聖域があるとの考え方も関係しているのでしょうか?

阿弥陀の西方浄土の思想は広く普及したものですので、小説『西遊記』の段階では、ユートピアとしての天竺に西方浄土が重ね合わされていたことは間違いないでしょう。ただし、実在の玄奘においては、すでに様々に現実的な西方情報が将来されていた時期ですの…

西洋の神話研究で、『旧約聖書』や『グリム童話』に出て来る蛙はエロティシズムの象徴とありました。日本ではそのような見方はなかったのですか。

もちろん、死と再生のシンボルである蛙は、エロティシズムの象徴でもあります。兎と同じことです。長野県藤内遺跡、神奈川県大日原遺跡などから、背中に女性性器らしきものを背負った蛙紋様の縄文土器が発見されています。蛇が男性象徴であるのに対して、蛙…

前方後円墳は子宮の形とも取れるとのことですが、古墳時代にどのように子宮の形を知ったのですか。

前方後円墳を壺型墳と名づけうるとすれば、神仙思想によって意味づけされているわけですので、子宮の知識も中国から入ってきたものということになります。中国医学は道教と密接に絡み合いながら発展してきましたので、生殖に関する知識も豊富に持っていまし…