2011-10-26から1日間の記事一覧

アマテラス神話の参考文献として、面白いものがあれば教えてください。 / 神仙思想の入門書としてよいものはありますか。

アマテラスについては、斎藤英喜『アマテラス―最高神の知られざる秘史』 (学研新書、2011年)がおすすめです。古代から近現代に至るまで、歴史のなかでアマテラスがいかに変容してきたかをたどる通史となっており、皆さんの持つ一般的イメージは覆されると…

聖徳太子のドラマでは、ボーガンのような武器や立派な甲冑が出てきて、ちゃんと時代考証をしているのか気になりました。

あの弓は、「弩(オホユミ)」ですね。律令国家では各軍団に配備される通常兵器ですが、6〜7世紀の段階ではまだ一般化していませんでした。しかし『日本書紀』推古天皇26年条8月癸酉朔条では、高句麗からの献上品のなかにこの弩がみえます。ドラマでこの…

先生は「桃源郷」を「桃源境」と書かれていましたが、何か特別な意味はあるのですか。また、桃太郎の原型はお婆さんが桃を食べて若返り、健康な男子を生むとの話だったと「日本教育史」で習いました。神仙思想との関わりはどうなのでしょうか。 / イザナキが黄泉の国から逃げ帰ってくる『古事記』の黄泉国神話でも、桃が活躍します。やはり神仙思想の影響なのでしょうか。

まず「桃源境」についてですが、「境」には場所の意味がありますが、「辺境」という言葉からも分かるように、周縁という意味があります。「郷」はサトですが、「境」と書くと現実の周縁部にある他界、との印象が強くなります。また桃太郎ですが、お婆さんが…

馬の皮を剥いだり、逆剥ぎをしたりと、皮を剥ぐという表現が多かったように思います。動物を限定せず、皮を剥ぐことには何か意味があったのでしょうか?

もちろん、皮革生産の問題は看過できません。しかしそれ以外にも、いわゆる「毛皮」が動物の本質を象徴する部位であり、それゆえに毛皮の着脱によって、人間が獣になり、獣が人間になる神話・伝承が広範に残っていることが注目されます。実は、天女の羽衣な…

蘇我蝦夷が「天皇記」「国記」を焼いたとありますが、史書を焼くことに何か意味があるのでしょうか。

編纂における馬子主導が事実とすれば、「天皇記」「国記」には蘇我氏中心の歴史が書かれていたことになります。恐らく、本宗家滅亡後に、蘇我批判の材料として用いられることを懸念したのでしょう。

史料15の「天皇記」「国記」ですが、実体としてどこにあったかというよりも、なぜ『書紀』にそのように書かれているかが問題と思いました。

そのとおりですね。「天皇記」「国記」自体がまったくの虚構という可能性もあります。ただし、『書紀』の文脈では太子主導で作られた書物を蘇我本宗家が所有しているというのは、太子礼賛・蘇我批判の『書紀』史観からすると明らかに矛盾です。恐らく、何ら…

『書紀』に漢籍からの引用が多くあることは分かったのですが、当時の人々にはそれが引用と分かったのでしょうか。

美文を援用して文章を作るのは当時の一般的作法ですから、『書紀』を論じたり講じたりする学者層、一定の文人官僚層には、ある程度引用もとが分かったと思われます。ま、当然個人差もあるでしょうが。なお、『書紀』は当時一般への普及は意図されず、官僚機…

武士道の精神は、古代から少しずつ変化して受け継がれていったのでしょうか。

古代には、「武士道」なるものは存在しませんでした。君主へ奉仕しようとする忠誠心や、戦争における倫理性のようなものは、主に中国の兵法書や儒教経典を通して語られてはいましたが、内実は氏族共同体を維持・発展させるためのイデオロギーであったと思わ…

馬以外に王の軍事力の象徴となっていたものはありますか?

聖徳太子に近い時代でいえば、鉄製の武器と甲冑ですね。古墳時代には、前方後円墳という古墳の形式から銅鏡などが、王権への従属の証拠として下付されていたようですが、倭王権が軍事的色彩を強める5〜6世紀頃には、半島から輸入した鉄で製造した武器・甲…

『書紀』において、聖徳太子の呼び方が複数あり、統一されていないのが気になりました。何か理由があるのでしょうか?

ひとつ考えられるのは、原史料の相違ですね。『書紀』は原史料にさまざまな粉飾や操作を施していますが、総体的にみると驚くほど粗の多い部分もみられます。太子の名称表記についても、統一的に整理しようという発想はなかったようですね。「厩戸王」ではな…

当時の日本人は、何をもって「聖人」と呼んだのでしょう。キリスト教世界においては、伝道に尽くした人が聖人とされているように思いますが…。

日本でも、伝道者としての聖人は存在しますが、それ以上に、神秘的な力を発揮する人がその名に値するようです。プリミティヴなことはプリミティヴですが、しかし西アジアやヨーロッパ世界にもそうした傾向は強くあったでしょう。第一、イエス自身が「奇跡の…

高校の日本史の授業で、聖徳太子が1度に10人の話を聞けたのは、当時今で云う発達障害の人が多く、彼はそのなかで健康に育ったからだとの話を聞きました。実際のところどうだったのでしょうか?

その話をされた先生には申し訳ないのですが、まったくの憶説です。根拠も何もありません。

自国を思うということは、戦争時などの国民統一に利用されるばかりの悪いことなのでしょうか?

別に、国を思うことが悪いとはいっていません。ただし、古来から続いてきた国のありよう、その自然環境や文化、心性などと、近代の「想像の共同体」としての国民国家を混同してはならない、といっているのです。あなたが誇りに思う国とは、機構としての国民…

明治のなかで作られた言葉に美意識を感じる必要はないといえばそれは否定する気はないものの、いまさら古語で話すわけにもいきませんし、であれば明治以来の言葉を基準に、若者言葉を乱れていると表現することが間違っているとは思えません。歴史をみわたすうえで偏見に囚われるのは問題ですが、そこにはすでに、無色であることに固執する価値観が現れることを忘れてはならないと思います。

うーん、どうも誤解があるようですね。まず、私は「無色であること」を求めているのはありません。機会があれば、歴史学の方法を批判した私の論文を読んでいただきたいと思いますが、私は「無色であることの標榜」をずっと批判してきた人間です。歴史学/歴…

現在の歴史学は、19世紀にランケによって実証主義が提唱され、そののち言語論的転回によって「歴史は物語り」といわれるようになったと聞いています。現在でも歴史学は、実証主義的で個別的なのでしょうか?

世界的な枠組みでみれば、いわゆるポストモダンの歴史研究も各所で行われています。しかし日本の場合は、ほとんどの歴史学者が上記の議論に参加すらしませんでした(私は参加して論文を書いた一人です。『史学雑誌』回顧と展望で批判されましたが)。言語論…