2012-06-08から1日間の記事一覧

ミクロストーリアはニュー・ヒストリーの一部なんでしょうか。そもそも、ニュー・ヒストリーって何ですか。

ニュー・ヒストリーは文字どおり「新しい歴史学」で、アナール学派が学界に与えた刺激に基づいて、伝統的な政治史・国家史・人物史を批判するなかで生まれてきた諸研究のことです。日本の文脈では、「社会史」といいかえてよいかも知れません。一般に「ニュ…

鹿島さんの〈物語り論的歴史理解〉は、方法を誤ると修正主義的になってしまうのではないでしょうか。 / 鹿島さんの意見は、自分のなかで考え方のモデルとなるパターンを増やすことに、歴史を学ぶ意義があると理解してよろしいでしょうか。

私の説明の仕方が悪かったですね。まず、人間は社会のうちで先人の物語を授受し、それを範型として生きているというのは、人間社会のなかで物語/物語りが果たしている役割です。しかし、その〈先人の物語り〉を提供する歴史的知識は、多く権力によって歪め…

ピーター・ゲイの話で、「歪みを武器とする」とのことですが、「彼しかなしえない洞察」には意義や重要性があるのでしょうか。

意義はある、とすべきでしょうね。もっと正確ないいかたをすると、「意義」や「重要性」は支配的価値観によって付与されるものなので、逆に歴史の多様性を阻害するものとなってしまうのです。一方では「個別分散化」との批判を受けることになるでしょうが、…

スピーゲルの提言について、言語が過去/現在を連続させているとするなら、外国語や古語を日本語訳したり現代語訳したりする作業とは何なのでしょう。言語の使用域を無視することになってしまうのでしょうか。

確かに「現代語訳」は一種の翻訳作業ですから、時空を飛び越えて、過去を現在に従属させてしまう方法以外の何ものでもありません。ゆえに伝統的歴史学においても、知識の社会的還元の便法とのみ捉え、研究の方法としては肯定していないと思います。しかし、…

言語論的転回は、伝統的歴史学の叙述などをあれこれ批判していますが、結局のところ歴史学はどうあるべきと考えているのですか?批判ばかりで、それではどのようにすればよいかという考えを提示していないと思えるのですが…。

そんなことはありません。講義でも度々紹介しているのですが、私の説明の仕方が悪いのでしょうね。例えば今回採り上げたラカプラなどは、実証史学の史料批判に対して、文学批評の方法論を用い、多様な解釈を示すことで対案を示しています。それは「実証」さ…

ホワイトの「歴史叙述における説明の様式」の部分で、論法の様式に掲げられているうち、機械論的・有機体論的・コンテクスト主義的の3つの意味が分かりません。

一応は授業中に説明したはずですが、もう一度繰り返しておきます。「機械論」は、世界を機械と同様とみて、そこに発生する事象をすべて力学的に理解可能であるとする見方です。「有機体論」はより複雑で、例えば生態系のように、様々な要素が相互に関係しあ…