2014-04-21から1日間の記事一覧
火焰土器の「火焰」は、生命エネルギーの漲った状態を表現しているものとみられます。講義でも扱いましたが、縄文人は、土器に自らの依存する自然環境の象徴や、ある意味での神話のようなものをレリーフ、紋様などで表現したようです。すると、「火焰」はあ…
契機が何であるのかは、明確には分かりません。しかし縄文時代は、当初は半定住、その後も流動化を繰り返していますので、移動することに対する抵抗は、その後の列島社会より弱かったと考えられます。災害などによって海辺の集落が解体し、離れた場所への移…
結局講義中にも説明してしまいましたが、考古学的な発掘で身分の上下や強力な首長の出現の指標となるのは、住居や墓の規模・様態です。一部の住居や墓の規模が、他と突出して巨大になれば、それは権力を持ったリーダーの出現を意味することになります。弥生…
各地の貝塚から鯨の骨がみつかっており、また北九州では土器の底に鯨の脊椎の跡が残っているもの(土器作りの作業台として利用した)が発見されているため、縄文の人々が鯨を捕獲し食用としていたことは明らかです。しかし、イルカなどについては、丸木舟や…
環境変動による植生の変化や、温暖化に伴うバクテリア・病原菌の活発化によるものと考えられていますが、未だ充分に明らかになっていません。例えばマンモスについては、氷河期のユーラシア北部にはその主食であるイネ科の植物が多く育成していたものの、温…
老若男女に大きな偏りはないと思われますが、平均寿命の関係からいえば、やはり現在のような高齢者は少ない集落、社会であったといえるでしょう。性別分業に関しては、基本的に男性が狩猟・漁撈全般、女性が貝なども含めての採集に従事していたとみられてい…
もちろん、食生活の変化は表れます。例えば、縄文早期の群馬県では土器が大型化し、住居外部に作られた炉穴と呼ばれる竈的な調理施設で使用されました。同時期には気候も温暖化し、周辺に多くの狩猟用落とし穴がみつかっていることから、豊かな食生活の表れ…
縄文土器は、現在世界最古の土器のひとつです。講義でもお話をしましたが、列島各地でも多様な形状、装飾性を持ちますので、出土地層や放射性炭素同位体による年代測定、同形式の土器の分布などから総合的に判断して、編年を作成・補正しつつ、さらに土器の…
もちろん、攪乱が起きる場合もありますが、その際には前後と比較して異常な情況が検出されますので、かえって災害や環境変化の重要な材料となります。例えば秋田県三の目潟の年縞からは、朝鮮半島の白頭山から届いた火山灰が検出されており、これまで不明だ…
花粉は、植物にとって生殖のための極めて重要な「機関」なので、構造は極めて強靱です。一般に水域などでは極めて保存性が高く、陸上でもバクテリアなどの侵蝕で損壊される場合があるものの、とにかく天文学的な数量で産出されますので、やはり堆積層から大…
こちらの話し方に、少し問題があったかもしれません。その集落(人口)を維持できるだけの衣食住を支給しうる環境、自然の力がないと、集落は解体し各所へ散ってゆくということです。今回お話ししたとおり、縄文時代は概して暖かく環境条件には恵まれていた…
毎日の生活実感からするとそう思うのも仕方ないかもしれませんが、例えばIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)が以前から警告・報告している計算結果によれば、年平均気温が1度上昇するだけで海水面が1〜2メートルも上昇する地域が出て、水…
やはり、青森県の三内丸山遺跡でしょう。出土遺物も豊富な大規模な村落遺跡であり、縄文前〜中期の高度な自然利用のあり方が非常によく分かります。しかし、それもあくまで時代的・地域的に限定された情報に過ぎないわけで、縄文時代の総体を理解しようと思…
縄文時代から現在に至るまでは、史資料の残存の仕方も社会のあり方も異なりますので、むしろ統一的基準で語る方が無理があります。その時代の政治・社会・生活のあり方をよく反映し、ある程度のスパンをもって検出しうるものとの視点で考えたとき、それが縄…
ジャーナリストや多くの考古学者が個人的な検証を行う一方、日本考古学協会が前・中期旧石器問題調査特別委員会を組織して綿密な調査を進め、すでに最終報告を出しています。藤村氏の捏造は、彼の携わった縄文遺跡のそれにまで及ぶことが確認されており、学…
一般的に歴史学・歴史叙述とは、断片的な事実を繋ぎ合わせ、ある時点からある時点に至る対象の変化の過程を跡づけ、その理由について考察し叙述するものです。しかし初回の講義でも扱いましたが、「歴史」とは過去そのものではなく、主体(例えば研究者)に…