2014-06-27から1日間の記事一覧
やはり、神話が自然/文化の媒介として作用する、ということでしょうか。レヴィ=ストロースによれば、神話の構造が構築されるとき、人間は動植物の種の間にあるさまざまな相違を手がかりに用い、二項対立の図式を生み出してゆくとされています。例えばトー…
殷代甲骨には、武丁特殊記事刻辞と呼ばれる一連の刻み込みがあり、甲骨の来源と貢納、貞人・史官の署名などが記録されています。この刻辞は、後に卜辞の刻まれる面を避け、亀甲の場合は甲橋(腹甲反面)・甲尾(腹甲正面)・背甲(背甲反面両断縁辺)に、牛…
中国王朝においては亀卜が正式・正当な卜占であり、災害に拘わらず、王や国家の大事は亀卜によって占われていました。殷代などは王の一挙手一投足まで亀卜で占われ、また旬卜といって、10日ごとに王の吉凶が予知・確認されたりしていました。
中国に限らず、前近代社会・民族社会における王とは、自然環境と密接に結びついた存在です。フレーザーの『金枝篇』によると、かかる王は自然、世界、宇宙と一体であるとみなされ、王の身体に異変の生じた場合には、同じことが世界に起きないよう殺害されて…
ユダヤ文化における「40」という数字は、潔斎にまつわる聖数のようですね。ノアの洪水のほかにも、モーセが十戒を得るまでにシナイ山に隠っていた期間、イエスが荒れ野で断食をした期間として出てきます。また、イスラエルが荒れ野で放浪したのもの「40」年…
古くは三国の呉の時代、赤烏年号を持った銅鏡が日本に伝来していますので、弥生時代末〜古墳時代の初めにかけて、江南地域との交流が存在したことは確かでしょう。その後、多少の断絶期間を挟みながらも、東晋、劉宋、南梁と、倭国と江南王朝との間には密接…
同じです。トーテムの語は、ネイティヴ・インディアンの「彼は私たちの同族だ」とする言葉から取られています。ただし、トーテム・ポールは部族の象徴や始祖神などを表現しているものの、必ずしもそれがトーテムであるわけではなく、正確な用語とはいえない…
朱=血を明確に結びつける史料はありませんが、赤色が境界性、辟邪性を強く持つことは、古代からの呪術・祭儀などではっきりとみてとれます。一方の血液も生命の象徴として、やはり呪術や祭儀において、朱と同じく境界的、辟邪的な機能を担っています。朱の…
『三国志』の劉備の逸話に、少年の彼が将来天子となる望みを語る際に、「桑でできた馬車に乗る」という表現が出てきますね。しかし、いわゆる車駕が必ず桑で出来ていたかというと、そうでもないようです。講義でも紹介した蓬矢桑弓の祭儀が、もともとは男子…
そのあたりの境界自体が曖昧である、ということなのでしょう。ウツシキアオヒトクサという名称など、人間は人間であると同時に草なのだ、ということを標榜していると思われます。
規定はありませんが、『春秋左史伝』などの記録によれば、大きな亀甲は伝説的な宝物として高い価値を付されたようです。ただし、殷代に用いられた亀甲は多くクサガメやハナガメで、せいぜい長さ20〜30センチ程度のものでした。
蛇は、世界的にみて水神の代表的表象のひとつです。アジア地域では、低湿地、水沼、川などの主、もしくは神として、大蛇、ミズチなどがよく形象化されています。日本列島ではヤマタノヲロチが有名ですが、あれも出雲国の斐伊川とその流域自体を表象した神格…
亀卜の論理について伝える最古の文献、『史記』亀策列伝では、術者は亀卜を行う際、亀の精霊を祝福し予言を引き出す形で卜占を実践します。カミの定義が問題となりますが、易は筮竹に宿る植物霊に、骨卜・亀卜は骨・甲羅に宿る動物霊に働きかけ、人知を超え…
実は、飛鳥の亀石については、あれが亀であるかどうかも分かっていないのです。ですから、明確には繋がりを付けることができません。ただし、大和盆地も容易に洪水を起こしやすい地形ですので、後世には「亀石が動くと洪水になる」云々といった伝承が発生し…
あります。日本は比較的植物/人間の間が近しい文化で、『古事記』などでは人間のことを、ウツシキアオヒトクサと呼んでいます。また、異類婚姻譚についても、動物だけではなく樹木と結婚する話が列島中に残っています。戦国以降の武家のなかにも、家紋に植…
一般的に、トーテムにはタブーが付きものです。例えば、熊をトーテムとしている集団には、熊を狩猟してはいけない、熊を食べてはいけないなどの、さまざまなタブーが存在します。想像上の生物となると、タブーがタブーとして働かないことになってしまいます…
勝利を収める、という表現が妥当かどうかは分かりません。人間が人間である限り、自らが生存してゆくうえで身心ともに快適な環境を追求しようとすることは、ある意味で自然なことです。しかし重要なのは、ヒトが構築した文化のなかには、そうした傾向を批判…
主人公としての老婆は、やがて日本にまで受け継がれてゆきます。もともとの歴陽水没譚では、寡婦としての孤独な老婆(すなわち社会において最も弱い存在)が生き残る点が重要だったのだと思われますが、その後、告知主体=神的存在である翁に対応するものと…