2015-06-26から1日間の記事一覧
国立歴史民俗博物館の松尾恒一先生が製作した、『薬師寺 花会式−行法と支える人々−』です。非売品ですので、頒布を受けた人、施設しか所有していないものです。
いわゆる「古小説」というジャンルは、novelの訳語に相当するような近代小説ではなく、世間話や噂話、伝承など広い範囲の物語(ナラティヴ)を意味します。六朝には、主に志怪、志人の2つのカテゴリーがあり、前者は怪異譚、後者は人物の逸話を収録していま…
儒教や仏教と異なり、日本には道教が体系的に輸入されませんでした。というのは、六朝以前の道教が多く民衆反乱の温床となったためです。よって道教経典は、日本へ入ってこなかったのです。しかし、中国道教は医書や仏書とも融合していましたので、断片的知…
確かに古くから、下痢や嘔吐を伴う病は悪い水によるとの認識があり、それによって水によくないものが存在する、という発想が生まれてきたことは確かでしょう。あとは、洪水に関する経験ですね。このあたりは以前何度か書いたことがあるので、例えば『歴史家…
最後に少し扱いたいと思うのですが、『抱朴子』は日本ではよく読まれます。修験道には、仏教や陰陽道が影響を与えていますが、これらを介し、間接的には大きな影響があったと考えるべきでしょう。
今回授業でもお話ししましたが、主に陰陽五行の論理に基づく干支で決められます。例えば保日、伐日などですね。十干を五行で分類すると、木=甲乙:火=丙丁:土=戊己:金=庚辛:水=壬癸。十二支は少し複雑で、2つ進むごとに「中央」を意味する土が入り…
のち、山中に道教の教団などが作られてゆくと、ひとつの町のような様相が作られ、日常的作業も分担されるようになってゆきます。しかし葛洪のなしたような山林修行は、主に個人、あるいは数人でなしたものでしょうから、もちろん自炊が基本だったでしょう。…
誤解を与えたかもしれませんが、これは単なる譬えでしょう。鮮やかな色彩の染め布を作り出すためには、目の悪い者にみられてはならない、そういう習俗があったものと思われます。日本の言霊信仰などとも似ていますが、つまり「真理の分からないものに貶され…
水銀については、もともとその消毒採用、防腐作用などから信仰が始まったものとみられます。それには、いわゆる「朱」色が持つ辟邪のイメージも影響したでしょう。五行思想では、金生水、すなわち金気は水気を生じると考えます。中国の戦国時代に遡る竹簡「…
中国では、大乱期に徴兵ではなく募兵を行うことがよくみられます。『晋書』列伝の葛洪伝によると、「太安中、石冰乱を作す。呉興太守顧祕義軍都督と為り、周玘等と兵を起こして之を討つ。祕、洪に檄して将兵都尉と為し、冰の別率を攻め、之を破り、伏波将軍…
話が大変に長くなってしまうので省略しましたが、実は、文官的様相を帯びた四天王像(正確にいうと、このタイプは広目天に限定されます)は、日本列島独自の様式と考えられています。作例としては法隆寺の四天王像があり、かつて存在した四天王寺のそれも、…
実はこの問題は、以前に論文で書いたことがあります(「神を〈汝〉と呼ぶこと」、倉田実編『王朝人の婚姻と信仰』森話社、2010年)。中国道教などでは、神霊を名前によってコントロールし使役しますので、「汝」という、目下の相手に用いる代名詞で呼びかけ…
宮廷行事として行われる追儺は、基本的に疫鬼を追却しながら練り歩くものですので、踊りはしません。しかし、中国で民間習俗として行われている場合の儺の場合は、舞踊を伴うものになってゆきます。いわゆる儺戯ですが、近年中国でも少なくなってはきている…