2016-07-15から1日間の記事一覧

女帝が古代以降に現れなくなるのは、仏教の普及の影響があるのでしょうか。

否定はできませんが、必ずしもそうした理由によるものではありません。例えば奈良時代の孝謙・称徳など、仏教によって性の超越を目指そうとした女帝です。中国唯一の女帝である武則天も、道教を国教としていた唐王朝を中絶させ、仏教を奉じる武周王朝を打ち…

文化のなかでは、どうしてこうも男性/女性を分けたがるのだろう。両性具有的なものが認められなかったのは、なぜなのだろうか。

男性/女性だけではなく、レヴィ=ストロースが看破したように、人間の文化は二項対立を基礎に構造化されているのです。AとBが存在したとき、我々はそれがAであること、Bであることを認識するためには、AとBの違いから判断せざるをえません。同質性に…

男性差別というものはなかったのでしょうか。

結局差別というのは、その共同体もしくは社会において、多数もしくは権力の強い側が、少数もしくは力の弱い側を抑圧するなかで生じます。男性差別が成立するためには、男性よりも女性が権力を持つ共同体、社会を想定しなくてはなりません。現在に至るまで、…

女性差別はどこの国にもあり、必ずしも仏教だけが差別を生んだとは思わないのですが、どうなのでしょうか。

それはもちろんそうです。しかし仏教に限らず、多くの創唱宗教は、出現当初は規制の宗教を批判するために、体制と一体化し弱者を差別するそのあり方を攻撃するものの、当の創唱宗教自体が巨大化し護教的色彩を強めてゆくと、一転して弱者を抑圧する側に回っ…

そもそも、シャーマン=女性、女性=神霊的なものという認識は、いつ頃流布されたのでしょうか。

やはり、家父長制の成立と軌一していると思われます。中世から近世にかけて、実態的には強くなっていったはずです。研究史的には、柳田国男の「妹の力」論以来、このような見方が強固に受け継がれていき、ちょうど近代家族の成立に伴って女性への貞節・純潔…

審神者は同じ女性ではいけないのだろうか。伝える役割を男性が担うことで、女性の力を抑えているのか?

この神がかりの女性/審神者の男性という組み合わせは、『日本書紀』仲哀天皇9年(神功皇后摂政前紀)3月壬申朔条に、神功皇后の事例として登場します。この場面はなかなか緊張感があり、仲哀に祟りを下し死に至らしめた神霊を探し出すために、神功皇后が…

女性の「職」としてシャーマンが出てくるのは、いつごろなのでしょうか。

北海道の入江貝塚から発見された縄文の女性の人骨は、幼い頃小児麻痺に罹患したらしく四肢の成長が阻害されていましたが、年齢は思春期後期に到達していました。すなわち、労働できない女性を、同共同体はその年齢になるまで活かし続けていたということです…

シャーマンの型としては、中山みきなど「神が乗り移り神の言葉を人に言わせる」のは、どのような型に当てはまるのでしょうか。生き物ではなく神が乗り移っているので、憑依型ではないと思うのですが。

憑依とは、動物霊や死霊だけののりうつりを指す用語ではありません。神も含めた、何らかの霊的なものがよりつく現象、すべてが憑依です。もともと、人間によりつく神霊に、「神」だの「死者」だの「動物」だのとレベルを付けるのは、それこそ審神者の発想で…

六朝時代にみられたシャーマニズムの源流は、道教にあるということでよいのでしょうか。

道教も、在来の習俗や老荘思想、神仙思想などをもとに、江南地域などを中心に発達した創唱宗教です。漢の時代から、身体の修養や病気治療などを目的に展開し、時代・地域によって特色のある形式をみせました。貧苦した民衆の支持を集めたことで革命思想と結…

八敬法のなかで触れられている、夏安居とは何でしょうか。

僧侶は、毎年夏に一箇所に籠り、経典などの読解・研究、精神修養を集中的に行います。これを夏安居といいます。もともとは、インドで雨期に当たる期間は外出しての修行や托鉢ができなかったためとか、小さな虫などが活発に活動する期間は意図せずそれらを殺…

中国において、僧の成立と尼僧の成立にタイムラグが生じたのはなぜでしょうか。

まず第一に、天竺や西域、東南アジアなどから、長い道程を経て中国へ渡ってくるにはそれなりの体力が必要であり、そうしたことの可能な尼が少なかったことがあるでしょう。それゆえに三師七証が揃わず、正式な受戒を達成するのに時間がかかってしまった。ま…

僧侶が外国の典籍を理解し、自分の言論を展開させ、書き記してゆく能力は、どの段階で習得されるのでしょうか。

いま、外国語の習得に四苦八苦している我々のことを考えれば、重要なことですね。それゆえに古代においては、僧侶の出自で圧倒的に多いのは渡来系氏族です。氏族内の種々の家系、氏族間のネットワークに、漢語の習得や仏教の研鑽に関するファクターがあり、…

8〜9世紀の平安京周辺以外で、朝鮮半島・中国大陸も含む東アジアの仏教の展開のなかで、良源的生育環境→良源的思想形成をなした例はみられるのでしょうか。

恐らくどこかに同じような事例はあるのでしょうが、残念ながらまだ発見できていません。いくら草木成仏に主体性がないといっても、いくらおしなべて開発に肯定的であるといっても、「大木の秘密」にしろ「樹霊婚姻」にしろ、原型はすべて中国にあります。高…

大寺院の造営には木材の調達がしばしば伴うはずで、草木の主体性に着目する視点が比叡山にとくに現れた説明としては、木材の伐採だけでは不充分ではないか?

確かに、まだまだ考えねばならない点があります。しかし、いわゆる大寺院の造営においては、木材としてある程度製材されたものが建築現場に送られてくるので、僧侶が伐採現場に居合わせることはほとんどありません。しかも、近江は大規模な林業地帯で、藤原…

個人の気持ちは、自分でも分からないレベルで難しいと思うのですが、歴史において感情というものはどう扱うべきなのでしょう。

確かに、学問で個人の内的な世界を考察するということは、非常に難しい問題です。「自分でさえ…」ということも、ご指摘のとおり、ありますね。しかし同時に、他から指摘されて初めて自分の気持ちに気づく、といったこともあると思います。個人の心理を研究す…