2016-11-18から1日間の記事一覧

以前に、最近のオリンピック報道に強いナショナリズムを感じる、という人の話を聞いたことがあります。先生はどうお考えですか?

今年の、リオ・オリンピックにおける日本の報道は酷かったですね。かつては、より多くの国々の活躍を丁寧に報じていた。各国の選手に対する敬意、礼儀がしっかりありました。いまは、自国の選手を応援するばかりで、醜いなあと思います。ぼくは個人的には、…

16世紀のヨーロッパで、視覚より聴覚が重視されていたとの話を聞いて驚きました。なぜそのような状態になっていたのでしょうか?

クラストルの考えを聞いてみて、人類はどのような方向に向かうのが幸せなのか、と考えずにいられませんでした。先生はどうお考えですか?

難しいですね。もちろんぼく自身にも、国民国家の先にある「必要なシステム」はみえてはいません。しかし、あらゆる人間集団にとって、可能な限り公正な状態を保持できるシステムを模索してゆく必要はあります。資本主義がその仕組み自体に格差を拡大し続け…

自分の教科書を思い出してみると、社会史で取り扱っているような内容は、コラム程度でしか言及がなかったように感じる。これもナショナル・ヒストリーが重要視されていることの表れなのでしょうか。

政治史・国家史が重視されるという意味では、そうなのでしょうね。社会史的歴史叙述は、多様性を強調することで、逆に国民統合を阻害する怖れがあるのです。

日本史の先生が中国の少数民族のフィールドワークをされていたというのは意外でしたが、そこで得られた知識が歴史学に繋がったり、活かされたことはあるのでしょうか?

ぼくの行っている研究では、すべてが有機的に関連しています。そもそも世界は繋がっており、単独で生起する事象などないわけですから、あるひとつのことを明らかにしようと思えば、より広くより深い視野を醸成することが、対象を正確に捉える結果に繋がるの…

社会史は文化人類学に似ていると感じた。社会史が流行した当時は、文化人類学はなかったのかもしれない。しかし、歴史と民族史は違うものなので、分けて考えたほうがよいと思う。

アナールは、当時人類学的な要素を多く持っていた、デュルケーム社会学の影響を受けて生まれました。その後も、社会学や文化人類学とは連携を欠かさず、なかには「歴史人類学」を標榜する人もいます。「歴史と民族史は違う」というのはどういうことか分から…

社会史に関して、「世界をより根本的に規定している日常性」とはどういうことでしょうか。

これまでの歴史学が、国家の変転において重要な事件を主要な対象に叙述してきたのに対し、それら事件を生み出す日常自体に価値を見出すということです。つまり、日常性のなかで、人々が何をどう感じ、考え、行動しているか。それにも時代時代で相違があって…

言語論的転回の説明に際してあった「部屋の譬喩」は、個々が世界を選択的にみている、ということでよいのでしょうか。

クリサート・ユクスキュルの『生物からみた世界』に使用される部屋の譬喩は、多くの生物の所与の機能によって分節された世界、すなわち環境を意味しています。ゆえに、空間の諸要素を選択するというより、生物によって構築する世界=環境が異なるといった方…

宗教的権威と世俗権力の一致/分離などは、世界的にみてどうなのでしょうか。分離している国が多いのですか、一致している国が多いのですか?

近代国家は、国民の信教の自由を侵犯しないため、祭政分離が原則とされています。よって現在では、分離している国の方が多いでしょう。しかし一般的には、部族社会の首長なり、王権なりは、時代的に古ければ古いほど、世俗的権力/宗教的権威を併有していた…

アナール学派について初めて聞いたのですが、現在も残っている学派なのでしょうか?

もちろんですが、より正確なことをいうと、『アナール』に集った歴史学者たち自身は、自分たちのことを「学派」とは捉えていません。あくまで、他の歴史学者や、隣接する分野の研究者たちがそう呼称したことに由来しています。「学派」というと共通の方法論…

「ハーメルンの笛吹き男」の話で、子供を請負人に引き渡した親たちの後ろめたさが、伝承を発生させ維持させてきたと聞きました。しかし、それは現代の私たちの想像であって、当時の子供たちを思う気持ちは、今日とは違うのではないでしょうか。 / 後ろめたさが伝承を生むとは、具体的にどのようなことなのか。

子供が古代から現代に到るまでどのようにみられてきたかという、『子供の誕生』という書物も、アナールの歴史家 フィリップ・アリエスの著作にあります。それによれば、確かに中世には子供という概念がなく、7歳前後に言語コミュニケーションが可能になると…

ミクロストリアという歴史学の一分野について聞いたことがありますが、アナール学派の一派なのでしょうか。

アナールではありませんね。ミクロストーリアはむしろアナールに触発され、また対抗して、1970年代頃にイタリアで始まりました。ジョヴァンニ・レーヴィやカルロ・ギンズブルグが代表的な歴史家です。唯物史観が扱ってきたような、普遍理論に基づく巨視的な…

なぜ社会史が衰退し、言語論的転回に変わったのかがよく分かりませんでした。 / 「転回」により、人間のみている世界は人間特有、ある言語を用いる者特有、ある状態にある個人特有のフィルターにより、歪められ造られたもので、実体の世界は異なると捉えられたそうですが、例えばもろもろの社会史研究も、時代ごとに人々のみるものが違い、異なる世界に生きていることを示すことで、同様の結論に至っているように感じます。「史料」の不正確さのためだけに、社会史・歴史学は批判されたのでしょうか?

言語論的転回の歴史学批判は、主に実証主義的な歴史認識、叙述のあり方に対して向けられました。社会史もそれらを批判していたわけですが、その全盛期は社会史研究者が歴史学界を代表していたようなところもあり、また隣接諸科学との協働も進めていたので、…

授業には直接関係ないのですが、最近、ポリティカル・コレクトネスがネットで話題ですが、これの暴走が起きていると私は思います。どうでしょうか。

「暴走」をどういう意味で使用しているのか分からないのですが、「倫理的配慮が行き過ぎる」という意味なら、ぼくはそうは思いません。確かに価値観の多様化により、さまざまな倫理的根拠は入り乱れており、トランプ以降のアメリカと同じく社会的分断が進ん…

パブリック・ヒストリーのあり方に疑問があります。そのような議論の場に参加することができるひとは、やはり知識人寄りの一般人なのではないでしょうか。

パブリック・ヒストリーは、そうした概念でも活動でもありません。すでに世界では幾つかの実践例がありますが、例えば、ある河川の水産資源をめぐるファースト・ピープルズ(先住民=狩猟採集民)と白人地域住民、自然保護団体、行政関係者、研究者をめぐる…

世俗的権力の足りない部分を宗教的権威によって補完するという現象は、現在ではみることができません。明治政府の政教分離政策が原因なのでしょうか。

上でも述べましたが、それが近代国家のひとつの条件であるためです。しかし日本という国家が奇妙なのは、象徴天皇制が存在することによって、やはり国家権力が宗教的権威によって補完されていることです。また靖国神社のように、一般宗教法人であるはずの一…

ロイヤル・タッチのような宗教行為は、現在どの国においても存在していないように思います。一体いつ頃から、どのくらいのスピードで、このような共同幻想は薄れていったのでしょうか。

ブロックの『王の奇跡』では、まさにロイヤル・タッチが失われてゆく過程を、中世的王権の終焉として描いています。つまり、王と民衆との間で醸成されていた共同幻想(集合信仰)が解体してゆくというものです。このイギリス・フランスの神聖王権のあり方は…

日本では、幕府が新たに設立されたときや代が替わるときに、将軍が天皇に拝謁しにゆく慣習があったと思います。それは幕府の権力に、どのような力添えを望んでいたのでしょうか?

日本の幕府制度のそもそもの起源は、中国六朝時代の府官制にあります。その頃の倭では、いわゆる倭の五王が、劉宋に朝貢して将軍職を獲得しようとしていました。北朝胡族王朝との戦闘、国内での内乱が相次いだ劉宋では、開府儀同三司の権限を認められた将軍…

ハーメルンの笛吹き男の話で、背景に植民の問題があるとのことでしたが、これと似た日本の伝承にも、何か歴史的出来事との関連があるものはないのでしょうか?

日本にあるよく似た伝承というと、やはり人さらい、神隠しに関するものでしょうか。アジアでは、山人によって女性が掠われて子供を産まされる、という系統の話が広汎に残っていますね。例えば、4世紀の中国江南で編纂された志怪小説『捜神記』には、玃猨と…

国家が最良の社会形態かどうかという問いは、納得をもって受け容れられましたし、考えるところがありました。しかし、古代と近代の国家では、少し性格を異にするため、同様に論じることができるのかという疑問があります。

そのとおりですね。ちなみに、マルクスやエンゲルス以降の社会科学的国家論は、いわゆる古代社会からどのようにして国家が誕生し、その性質を変えながら近代の国民国家に辿り着くかを史的に論じています。クラストルが射程に入れたのは国家の始原への批判で…

現在、文化人類学を受講しているのですが、人間のモラルや考え方などの内容が、こちらの講義ともかぶっています。今日、その関連している学問(社会学、人類学、心理学など)は、アナール学派によって作られてきたのだと知りました。

ちょっと誤解があるかもしれません。上にも書きましたが、アナールは、19世紀末〜20世紀初頭のヨーロッパで繰り広げられた新たな学問の勃興、とくに社会学、民族学、精神分析学などの活動に大きな影響を受けて誕生しました。その逆ではありません。とくにデ…