2017-06-12から1日間の記事一覧

博物館レポートは、参考文献必須ですか?

博物館レポートの場合は、参考文献を用いなくても構いません。

レポートの課題について、テーマを複数設定しても構いませんか。

構いません。しかしその場合、各テーマが有機的に関連するようにしてください。

レポートを書く際、自分はまだ研究者ではないので、結局他の人が書いた見解を集める以外にないと思います。自分の考えを書く部分は、それでよいのでしょうか?

うーん、そうした形を続けていると、いつまで経っても記憶型の勉強から思考型の研究への転換がはかれません。つまり、大学生になれないということです。また、幾つも見解を集めてくるといっても、あるテーマについてすべての見解を網羅することはできません…

マルクス主義が浸透してゆく一方で、前提であったヘーゲルの考え方が、歴史学に影響を与えることはなかったのでしょうか。

具体的には、弁証法です。これは、マルクスの唯物史観の論理的源泉をなしています。あらゆるもの(テーゼ:命題)は、自己と矛盾・対立する要素(アンチテーゼ:反対命題)を内包しており、しかしその対立・矛盾は相互に依存もしており、やがて新たな段階へ…

マルクスは経済構造を地域や制度ごとに区別しているが、これは区分に「押し込められる」歴史を多く生み出し、授業の最初のほうで扱われた「語られることのない歴史」などが蔑ろにされ、歴史の多様性を奪って画一化してしまう原因になるのではないだろうか。

そのとおりですね。マルクスは厖大なデータのなかから唯物史観の枠組みを創り上げてゆきますが、しかしその法則性についてはそれほど教条的ではなかったと思います。しかしエンゲルスが世界史の発展原則として整理し、レーニンがより政治的実践的なニュアン…

唯物史観にも、ランケの「神」のような絶対的基準はあるのでしょうか。

マルクスにおいてはそれほど教条的ではありませんが、やはりそれは法則性でしょうね。ランケの段階では曖昧な状態にあった神との関係は、マルクスにおいては科学的法則性の議論へ昇華されていると考えられます。

ランケの学派とマルクスの学派には交流はあったのでしょうか。

ランケとマルクスの考え方は、質的進歩という意味では類似していますが、個人を扱うか集合的な構造を扱うか、人間をどうみるかという点で大きな相違があります。ランケはヘーゲルとマルクスの間に位置しますが、人間の見方としてはヘーゲルよりで、歴史を自…

「下部構造が上部構造を規定する」というテーゼについて、宗教や哲学、戦争などは恐らく上部構造だと思うのですが、それらが下部構造に影響を与えることはないのでしょうか。 / 上部構造は下部構造に対して「反作用」するもので、マルクスの考え方は単純な経済決定論ではないと聞いたことがあります。「反作用」とは何でしょうか。

マルクスはものごとを捉えるときに関係性を重視し、事象を実体視することを極力回避しました。構造についても同様ですので、彼にとっては常に、上部構造は下部構造があることで上部構造であり、同時に下部構造は上部構造があることで下部構造でありうる、と…

日本の実証主義への批判は、どの層からどのような理由で起こってきたのでしょうか?

史学史的な大きな流れからいうと、まずは導入時に近世的歴史認識に属していた人々から批判を受け、次いで皇国史観との間に軋轢を生じ、やがて勃興し始めたマルクス主義歴史学がその温床になってゆきます。唯物史観からの批判は戦後に至って加速し、そうして…

ランケの歴史観のなかで、史料批判の際に経験に基づくセンスが利用されることがあるという話がありましたが、それは客観的であるといえるのでしょうか。 / 経験主義は、人によって異なる歴史を生みだしてしまうのではないか? / 実証主義の認識論が経験主義に過ぎないという弱点は、今後も克服することができないのでしょうか? / 歴史研究を行う際、外的批判は研究の方法や目的によって異なってくるものだと思うし、内的批判だってやっぱり研究の方法・目的・考え方によって形が異なってくるものだと思うので、結局は歴史学は解釈学だなと

講義でお話ししたとおり、その点が「科学」を標榜しようとするときの歴史学の欠点です。しかし例えば、精神分析的歴史学を標榜するピーター・ゲイという歴史家は、我々人間は完全に客観的な視点に立つことはできないし、その認識や記憶にも限界があって、世…

実証主義と皇国史観の軋轢は、純粋史学と応用史学の使い分けを余儀なくさせるとのお話でしたが、大学の研究者に反発などはなかったのでしょうか。

久米邦武、喜田貞吉、津田左右吉など、錚々たる人々が、実証主義史学を追究した結果国体に抵触する論文を書き、社会的に糾弾され職を追われてゆきました。その結果として、純粋な研究成果を外部へ向けて発信するということが、だんだんと萎縮気味になってゆ…

故事成語は、実証主義からみると微妙な内容を含んでいると思いますが、近代日本で、これを例えば応用史学的に用いることは可能だったのでしょうか?

実証主義のもとで否定された『平家物語』や『太平記』は、まったく価値のないものとされてしまったのでしょうか?

あくまで、「史料」の範疇からは除外された、ということです。江戸時代までの歴史認識においては、『平家物語』や『太平記』が、一般の人々に最も読まれ(みられ/聞かれ)た歴史書であり、人々の日本史像の核を形成していたわけです。実証主義歴史学は、こ…

ルードヴィヒ・リースは、神を持ち出して説明することはなかったのでしょうか?

リースは恐らく、ランケのなかにあった「神」を周到に排除して、日本の歴史学として定着させてゆこうとしました。しかし、図らずもそこに空いてしまった「価値の源泉の空白」へ、意識的か無意識的か、天皇制が入り込んでゆくことになる。そうして形成されて…

ランケがヨーロッパにおいて実証主義歴史学を提唱した際、近代日本におけるような軋轢は経験しなかったのでしょうか?

科学革命、啓蒙主義を経た帰結として導き出されていますので、概ね評価されたはずです。近代日本の場合、実証主義の史料第一主義に呼応する考証学は存在したものの、その解釈学的部分においては、まだまだプラクティカル・パストが一般的でした。そこへ、他…

神という存在を学問に適用したり、学問において言及することはprimitiveなのでしょうか。

必ずしもそうではありません。ただし、神というブラック・ボックスを価値や判断の基準にしてしまうと、それに基づく見解を批判したり、検証することができなくなる。科学の条件として重要な反証可能性、つまり学問的見解がそれに至る経過とデータとともに公…

ランケは神という存在を用いて絶対的な基準を示していますが、現代では絶対的基準のような思想は、学問的には認められていないのでしょうか?

そうですね。近代は、啓蒙主義によって否定された神の絶対性を、科学という言葉で代替する試みがなされた時期でしたが、現在に至るポストモダン思想においては、近代の代名詞ともいえる客観性、法則性、普遍性、それらを体現するグランド・セオリー=大きな…

ランケの国家史の重視というのは、それも同じ神のもとにそれぞれの国家が歴史を作ってきたと考えられているのでしょうか。それとも、それぞれの国にそれぞれの神がいるのを認めているのでしょうか?

あくまで、ランケ自身の「客観性の基準」なのだとみるべきでしょう。史実をみてゆくための価値判断の根拠、すなわち客観性を、神の秩序に求めてゆくのは、やはりそれを科学的に表現する最適な字句が、未だ充分に発達していなかったということなのではないで…

ランケは進歩について、たとえ衰退しているようにみえても、その時代の固有の価値のなかでは進歩とみなされるのだと考えていたとのことですが、その見方では、各時代の固有性以外にあまり意味を見出せなくなってゆくのではないでしょうか。

ひとつには、啓蒙主義に至るまでの進歩史観が、あからさまに連続性と現代賛美に結びついていたことへの反動とみることができるでしょう。そのなかから、リストの提示した質的転換の問題を正面から受けとめ、各時代独自の価値をきちんと把握してゆくためには…