2017-10-04から1日間の記事一覧

初回の授業、抽選に外れて欠席しているのですが、1回目の出席は点数に入っていますか?

大丈夫です、1回目はガイダンスですので、得点に数えません。

江戸時代、一律の教育がなかったため、階層によって歴史観が違っていたということですが、実際は士農工商間でどれくらいの違いがありますか? 士と農に大きな差があることは予想できますが、農と工と商にどのくらいの差があるのか、想像できませんでした。

士農工商が身分を表すという教科書的記述は、現在では否定されていますね。これはもともとの中国の言葉と同じく、基本的生業を列ね、総合的に「人民」を指示しているに過ぎません。よって、日本では武士を表す「士」のみが支配階級として突出しており、あと…

グローバル・ヒストリー的な歴史認識を実現させるには、より"客観性"が必要とされるのではないか? 現在の日本の潮流(歴史学界における)として、より"主観性"が重視されているということは、矛盾しているような印象を受けた。

主観性を重視するということは、客観性を放棄するということではありません(もちろん事実を思われるものを探究するわけですから、先入観や思い込みでものごとを進めていては、学問でさえないことになります)。近代科学が客観主義を重視するあまり、主観性…

史実に基づいた歴史を正確に学び、考察を深めることが歴史を学ぶうえで大切なことだとは思うが、ある程度自由すぎるとかえって危ない思想を持つ人が出てくる気がする。 / 柔軟で多角的に歴史を考えようというのはすばらしいけれど、それを学校教育の頃から行おうとすると、国民国家としての意識は保てるのでしょうか。

上にも書きましたが、現代はナショナル・ヒストリーのみが正しい歴史としてまかり通る時代ではありません。いかに学校でナショナル・ヒストリーを教えようが、一般社会ではそれ以外の歴史(ポストモダン的なもの、また前近代的伝統を引き継ぐもの)がまかり…

平和教育とは何なのだろう。日本は悪の国で永遠に謝罪して、日本人に生まれたことを罪に感じながら生きていくことが、「平和教育」なのだろうか。

そういう平和教育は、これまで日本のどこでも実施されてはいないでしょう。平和教育とは、それぞれの国々が世界のなかで自国の歴史をしっかりと正視し、共通の理解を目指す努力を放棄せず、手を結び合う可能性を模索し続けることだと思います。よって、対話…

愛国ということは、ある時期から右翼的であると捉えられがちで、敬遠されるようになった。しかし、一国として協力して社会を作りあげてゆくためには、国を愛する気持ちは不可欠であると思う。

「愛国」という言葉は非常に抽象的かつ曖昧なので、単に右翼的であるとか、逆に国家統合に必要であるとか判断すべきではなく、その言葉が、誰によってどのような文脈で何を目的に発せられたのかを、常に注意して考える必要があります。国民国家の政府が口に…

先生は、何か歴史上の物事や出来事を考えるとき、1つのことに対して2つの事実と思われる、または2つの見解があった場合、どちらをどのような方法で調べたり、考えたりしながら選びますか?

ありていにいえば、それが歴史学という学問の営為です。ただし現実は、研究者が過去に向かった場合、選択肢は二項対立ではなく、無数に枝分かれしています。また、選択肢として顕在化していない、可能性の状態でしかないものもたくさんあって、研究者であれ…