日本史概説 I(09春)

土師氏から菅原氏が出ているとのことですが、どのような過程を経て学問を修得するようになったのでしょうか。 / 土師氏が活躍していた時代には、穢れの観念はなかったのでしょうか。

はっきりとは分かりませんが、恐らく礼学の研究から発展したものでしょう。大化前代の土師氏は古墳築造や喪葬儀礼、すなわち「凶礼」に従事していました。推古朝以降、ヤマト王権の宮廷は急速に中国的礼儀を受容してゆきますが、当然、凶礼の導入も図られた…

粟田真人=道観の記述は間違いの可能性があるそうですが、誤字はともかく、写す箇所を間違えるなどのことはよくあるのでしょうか?

よくあります。写本のなかにはかなりいい加減に写しているもの、内容を読んだり理解した形跡がなくひたすら書き続けただけのものが多くあります。それらのなかには、並んだ行に似たような字や言葉があると簡単に重複する文章を書き足してしまったり、逆に間…

大宝律令編纂に刑部親王が参加したのは、宮廷の実力者である以上の理由はなかったのでしょうか。

忍壁親王がいかなる能力を持っていたのか物語る史料はないのですが、確かに、国史編纂や大宝律令の選定に当たっているのは、それなりの学識を評価されてのことだったと思われます。オサカベの名は皇子・皇女の養育のために設けられた名代の名称と考えられま…

執節使粟田真人が与えられた権限とは、具体的にどのようなものだったのでしょうか。

節は、中国の場合、羽や牛の尾で作った旗のようなものだったようです。日本ではその材料が揃わないので、古代中国で王から将軍が「斧鉞」を託されたように、刀を与えることで代用しました。これを与えられたものは、王の権限のうち自己の意見で刑罰を断行す…

僧尼に関する法律が「令」に組み込まれたのはなぜでしょうか。

まずは、日本古代国家の法典理解が充分ではなく、唐王朝のように格式を連動させて編纂することができなかったのが原因でしょう。しかし、天武朝以降、仏教界と僧侶の存在は国政上極めて重要になっていたので、彼らの行動を規制し王権に従属させる必要があっ…

律令に関心を持ちました。例えば政治犯の審議などどのように行うのか、規定や記録は残っているのでしょうか。

いろいろ残っています。例えば君主に対する謀反などは、賊盗律の謀反条に、「凡そ謀反及び大逆せらば、皆斬。父子、若しくは家人・資財・田宅は、並に没官。年八十及び篤疾は、並に免せ。祖孫・兄弟は、皆遠流に配せよ。…」などと詳しい規定が出ています。し…

刑部親王が持統朝では重用されなかったとのことですが、やはり持統は大津皇子と同様、天武の有力な皇子を高官に付けることを避けたのでしょうか。

必ずしも、すべての皇子についてそうした措置を取ったわけではないと思います。持統自身が太政大臣に任命した高市を除くと、天武の皇子のなかでは刑部が一番の実力者であり、持統にとっては煙たい存在であったのかも知れません。また講義でも指摘したように…

「画師」が出て来ましたが、どのような仕事だったのでしょう。誰がパトロンなんですか?

画師は個人的な職業ではなく、国家に奉仕する官僚です。中務省画工司に所属し、宮中の絵画や彩色を担当します。

今日出て来た四等官制は、江戸時代にもみられる気がするのですが、いつまで続いたのでしょう?

近世には形式化し、位階と結びついた名称として、「石田治部少輔」「勝安房守」などと使われます。養老律令は、基本的には明治維新まで維持されていましたので、制度としては1000年以上続いたことになります。

渡来系氏族の活躍がよく語られますが、彼らが現在の日本人の祖先であるなら、純粋な意味での日本人というのはいないのでしょうか?

もちろんそうです。「単一民族」などという発想はまやかしでしかありません。第一、日本列島は縄文時代以前より南北から相当数の人間集団の流入があり、その複合的な文化が今日までの基礎となっているのですから、「ヤマト民族」などという括り自体が政治的…

史料7で、対馬からの黄金献上により改元が行われていますが、古代では現在のように天皇の崩御による以外にも改元が行われたのですか?

これは中国王朝の方式に倣ったものですが、祥瑞が現れるなどの祝福すべき出来事があったり、逆に災害が相次ぐなどの忌むべき事態となったときに、時間を一新して幸いを定着される、あるいは災禍を払拭する意味で改元がなされるのです。その背景には、王が空…

今日の講義ではたくさんの人物が出て来ましたが、彼らに関する記述は国史以外にあるのでしょうか? 学問に優れている氏族ならば、伝記などを作るのも可能と思うのですが…。

確かに、後世の伝承や氏文などに登場する人間もいます。例えば土師宿禰甥などは、菅原道真の流れの始祖に位置付けられてもいます。しかし、古代においては、私的な文書の残存が極めて少ないので、かつて存在していたとしても現在はみられなくなってしまって…

以下にレポートの詳細を発表しておきます。各自準備を進めてください。

【テーマ】講義で取り扱ったトピック(「おまけ」も含む)から自分でテーマを設定し、史料・研究文献を読んで調査して、自分なりの考えをまとめなさい。なおその際、講義の内容を踏まえること(批判しても構わない)。 【枚数・形式等】A4版用紙使用で4,00…

レポートの評価基準について書いておきます。参考にしてください。

ポイントは4点あります。まず1点目は、講義の内容が踏まえられているか。別に私の話に賛成しろといっているわけではなく、批判であってももちろん構わないわけですが、ちゃんと講義を聞いて理解していることを示してほしいわけです。第2に、問題意識の明…

富本銭は、当時、どのような目的で使用されたのでしょうか?

天武朝に使用され始めた当時は、呪術的な機能を持つ〈厭勝銭〉としての性格が強かったと思われます。モノやコトを仲立ちする貨幣なるものの機能は、アジアにおいてそれが発生した古代中国の殷帝国の頃から、呪術的な色彩を帯びてきました。鋳造量もさほど多…

牛車もこの時代から使用されたのでしょうか?

牛に車で荷物を引かせたことは、藤原京造営期から確認できます。関係の道具が発掘されているんですね。ただし、平安時代の貴族たちが移動手段に用いたような牛車は、この頃はまだ使われていません。

軍馬と民生用の馬とは育て方も違うと思うのですが、馬を家畜にするという知識はどこから入ってきたものでしょうか。また、民生用の馬の使用が一般化したのはいつ頃からでしょうか。

日本列島に馬がもたらされたのが古墳時代(五世紀頃)で、その飼育法や乗馬法も、多く半島や大陸からもたらされたものと考えられます。馬の飼育にあたった氏族として、馬飼(養)部や臣・造姓の馬飼(養)氏が記録にみえます。牧は馬の交配・出産管理が役割…

多産者・長寿者への賜物についてですが、長寿者はともかく、多産者は儒教的イデオロギーの範疇で捉えられるのでしょうか。 / 長寿者への賜物は、彼らを尊敬すべき対象とみていたからですか、保護すべき対象とみていたからですか? / この制度のために増税がなされたことはありましたか。また、多産者にいちいち褒賞をしていたら財源が足りなくなるのではないでしょうか?

多くの子供を産むということは家の安定に繋がります。これは孝行を尽くしたことになりますので、やはり儒教イデオロギーと関連します。 高齢者や孤独者への保障制度は存在しましたが、それもやはり王の徳治を天下に喧伝するための施策であり、現在の社会保障…

アマルガム鍍金に使用した水銀によって、中毒などになる人はいなかったのでしょうか?

それは少なからずあったと思われます。東大寺大仏の鍍金には大量の水銀が使われたと思われますが、そうした水銀や銅による汚染が、平城京から都を遷す契機のひとつになったとする見解もあります。

富本銭の鋳造に銅とアンチモンを使用したとのことですが、合金を得る知識はどのように獲得されたのでしょう?

貨幣の鋳造自体は、天武朝が保有していた中国・朝鮮の最新の技術を結集して行われたものでしょう。最古の富本銭が枝銭の形でも発掘されている飛鳥池遺跡は、金・銀・銅・鉄などの金属類、琥珀・瑪瑙・水晶などの玉類、ガラス、漆などの工房が業種別に並ぶ一…

文武の時代に鉱物資源がたくさん発見されたのは、方法や技術が改良されたからではなく、それ以前にあまり採掘されていなかったからでしょうか?

文武朝の鉱物貢上は文武天皇2年に集中しているので、計画的に調査と採掘が行われたものと考えられます。恐らく、工業についても制度・施設の整備が進められていたので、これまでの各国の産物資料を中心に大規模な調査が行われたのでしょう。当時の国家体制…

予言という話がチラリと出ましたが、東洋史概説で、古代中国の占いでは当たったものしか記録しなかったという話を聞きました。古代日本ではどうだったのでしょう?

正確には、中国でも「当たった内容」ばかりが記録されていたわけではありません。殷代の甲骨文にも、例えば王の占断の結果が事実と異なるという内容のものが確認でき、王に対する直諫を意味するのだと想像する見解もあります。やはり、基本的には、占いは占…

趣味で日本神話を勉強したいのですが、最もポピュラーなお薦めの文献はありますか?

日本文学者の三浦佑之さんが、古老が語り出すという形式で『古事記』を現代語訳したそのものズバリ、『口語訳 古事記』神代篇・人代篇が文春文庫から刊行されています。また、古代から近世に到る日本神話のメタモルフォーゼを追った斎藤英喜『読み替えられる…

動物霊が予言するという話を聞いて、「件」という妖怪のことを思い出しました。何か関連があるでしょうか?

件は一般の人に予言をする動物ですから、シャーマンの守護霊とはあまり関係がないと思います。ただしそうした伝承の根源自体に、動物霊を用いて予言をしたシャーマンの存在があった可能性はあります。件はその神格化された姿かも知れません。

神や巫術などとまったく関わりのない地域に住んでいた人でも、シャーマンの力に目覚めることはあるのでしょうか? / シャーマンには誰でも突然なってしまうものなのですか?

今まで巫祝文化ともまったく関わりなく、例えば都市の中心部で普通に暮らしてきた人が、巫病などを契機にシャーマンになるということはあります。ただし、そうした人々がア・プリオリにシャーマンであるというより、民俗宗教に基づく師匠―弟子の関係のなかで…

史料に出てくる人物の名前の読みが難しいです。自分で調べるにはどうしたらよいですか。

レジュメには、史料の初出部分でいかなる本に依拠したかを挙げてあります。例えば、「日本古典文学大系」「日本思想大系」など。これらのなかにはいわゆる注釈本、すなわち原漢文の史料を書き下しにして読み仮名を振ってある書物もあります。読み方が分から…

飛鳥の蘇我氏主導による仏教と、奈良時代の国家主導による仏教の相違は何でしょうか。

仏教史の一般的整理では、飛鳥時代の仏教は氏族仏教であり、氏族の安泰や繁栄を祈願する現世利益的性格が強かったと理解されています。それと奈良時代の国家仏教とが比較されて論じられるのが普通ですが、しかし、奈良時代にも氏族の仏教はあり、民衆の仏教…

女性に差別的視点を持つ仏教の視点は、中国から入ってきたものですか。

インドの時点で、例えば『法華経』には、女性は仏教で尊貴な存在とされる梵天・帝釈天・魔王・天輪聖王・仏になれない(五障)、ゆえに成仏する際には一度男に変化する必要がある(変成男子)などといった記載があります。これは現実への執着の否定であり、…

地獄の裁判で、無罪が出ることなどはありうるのでしょうか。それとも地獄は決定で、どの地獄に落とすかを決めているのでしょうか。

出ないでしょうねえ。閻魔による裁判などは、仏教のなかではかなり新しい思想なので、六道の伝統的考え方と整合的でない部分もあるかと思います。また、扱っている経論によって意見の相違もあるでしょう。しかし、範疇としてはすでに地獄のなかですし、閻魔…

皇族に「○○王」「○○親王」などと付く基準を教えてください。

基本的には律令に規定があり、それに基づいています。継嗣令第1条に、「凡そ皇の兄弟、皇子をば、皆親王とせよ。以外は並に諸王とせよ」とあります。つまり、天皇の兄弟と子供が親王(女性は内親王)、それ以外はすべて王(女性は女王)となるわけです。