藤原氏は天皇にとって代わりたいと思ったことはなかったのでしょうか。なかったとすれば、それはなぜでしょう。

 藤原氏には、天皇家にとって代わるという発想はなかったようですね。なぜかといわれると困りますが、律令国家の日本的特徴として〈天皇制〉なるものを選択し、自らそれを順守し利益を得る方法を良としたのでしょう。天皇制とは、究極的にいうと、(まっとうな歴史学者からは叱られそうですが)侵しがたい血統を創出し秩序の核とする国家体制です。国家が維持されるためには、血統に変更があってはならない。もし変更されるとすれば、それは中国のように、王朝交替を繰り返す情況となってしまう。藤原氏にしても平家にしても、そして源氏以降の武家政権にしても、革命による混乱より、秩序を利用して自らの権力を強化・正当化する道を選んだのだと思います。