『懐風藻』序のなかで、応神朝に王仁が初めて文学の啓蒙をなしたとありますが、日本にはそれ以前にも文学らしきものがあったのではないでしょうか。

歴史学的にも考古学的にもそういった存在は確認できませんが、例えば祭祀の際に唱えられる祭文のようなもの、舞踊歌、神話語りなどは存在したでしょう。しかし、そういったものは奈良時代的感覚における文学、すなわち漢字で書かれた、きちんとした形式をもった文章とはまったく異質なものでした。『古事記』や『日本書紀』が応仁朝に成立を置いているのは、そうした意味での学芸なのです。