「ふりむかないで」というハクのセリフには、どんなメッセージが込められているのでしょう。

昔話のモチーフには「見るなの禁」と呼ばれるものがあって、主人公の目的の達成と釣り合うタブーなんですね。それを破ると、これまでの努力の積み重ねが台無しになってしまう。ギリシア神話で、オルフェウスが冥界から助け出した妻エウリュディケーを振り向き、永遠に失ってしまうエピソードや、浦島太郎が玉手箱を開けてしまうのもそうですね。鶴の恩返しで、つるが機を織っているところを覗いてしまうのも同じです。枠組みとしては、そういう伝統的な仕掛けが施されている。しかし『千と千尋』の場合、恐らくそれだけではなくて、千尋が生きてゆくのは現実の世界だということを、ハクが力強く自覚させているように思えます。ハクも、自分が戻れないことは重々承知しているのでしょう。そのうえで、千尋を送り出すための言葉なのではないでしょうか。そう考えるとこの〈別れ〉は、お互いに切なく辛い思いを押し殺している、非常に〈大人な〉行動ということになります。とても、10代の〈普通の少女〉とは思えません。