仲麻呂に描かれた〈鎌足〉は、僧旻によって観られた〈爻〉の内容まで知っていたのでしょうか、「自愛せよ」の忠告だけで何かを悟ったのでしょうか。それとも、鎌足の自由意志に基づく行動が、たまたま結果的に乾卦に対応していた、というところが「大織冠伝」のミソなのでしょうか。

面白い質問ですね。次回お話しする三島退去の部分では、「大織冠伝」は鎌足が易筮を行い、出た卦に従って行動しているようにみえます。そこでは乾卦について語られてはいないのですが、彼が卦の内容について自覚的であった(と描かれている)ことがうかがえます。僧旻の言葉には乾卦のことは隠されていますが、鎌足の行動はそのデザインに沿って意識的に実践されているとみていいでしょう。それは、仲麻呂自身が易筮に自覚的であったことの反映とも考えられます。