『史記』に基づいた太秦のデザインですが、これほどうまくはまるとかえって「本当かな」と疑問に思います。その危険性といいますか、関連づけて考えるに際して注意すべきことなどがありますか。

やはり実証性でしょうね。講義で扱った太秦の具体例は、すべて実証できるものです。というのは、『史記』等々の漢籍太秦とを結びつける記事の大半が、秦氏から派生する惟宗氏の著作物を典拠とするからです。現在残っている「秦氏本系帳」の逸文も、すべて惟宗氏による『令集解』『本朝月令』『政事要略』に収載されています。惟宗氏は、直宗・直本兄弟、令宗允亮のような法曹家、公方のような有職故実家のほか、陰陽寮官人や陰陽師、医師、弁官局の外記・史などを多く輩出する学者貴族です。マイナーかつコアな漢籍にも通じていたはずですので、紀伝道の基本テクストである『史記』を読み込んでいたことは容易に想像されます。古代の漢文作成の技術としては、多様な漢籍を使いこなしそれらの語句を並べ立ててゆくのがセオリーですから、漢籍に基づく新たな神話の作成も、現在の私たちが考えるほど特別なことではなかったのかも知れません。