「引く」ことが鎮めの意味を持つのはなぜなのでしょうか。

急いでいて、ちゃんと講義でお話しできなかったですね、申し訳ありません。まず、杣において樹木を引き出すことは、それ自体が山の神の世界、樹霊の世界から人間の世界への移動を意味します。〈材木化〉の画期なので、伊勢神宮諏訪大社でも木曳きが重視されるのです。このある世界から別の世界への移動ということは、祭祀全般において重要な意味を持ちます。例えば中世の説教節「小栗判官」では、地獄から復活したミイラのような小栗が高僧に救われ、長野の善光寺まで道行く人々に引かれてゆき、もとの美しい若者に戻るという山場があります。小栗は引かれることで清浄化され、引くことに関わった人々にはそのこと自体が善業になる。『三宝絵』の長谷菩薩戒の話で多くの人が樹木の運搬に加勢すること、上記の木曳きにたくさんの人が群がることは、これとまったく同義なのです。