羅城門から朱雀門へ高低を付ける発想・技術は、やはり中国から来たものですか。また、宮都が北上してゆくのにはどのような意味があるのでしょう。

宮廷を視覚的に荘厳する発想は中国からもたらされたものでしょう。しかし、それを実現するための土木技術が、それまでの日本にまったくなかったわけではありません。例えば古墳前期より存在する首長墓〈前方後円墳〉は、高度な土木技術により計画的に築造されています。同じ規格の古墳が各地でスケールを変えて築かれている例もあり、測量・設計・記録の知識・技術が広汎に存在し実践されていたと分かります。