赤は破邪の色彩だそうですが、冠位十二階の色も含め、日本古代の人々の色に対するメンタリティーは大陸の影響を受けていたのでしょうか。
もちろんです。日本の色彩への感性は、中国との関わりのなかで培われていったといっていいでしょう。自然現象の種類、植物や動物の種類にしても、古墳時代の列島の人々は、さほど豊かに認知できてはいかなったと思われます。それが、漢籍類書(百科事典)の『芸文類聚』などの輸入を通じ、世界をみる新しい枠組みを獲得してゆくのです。例えば、香りに対する感性も奈良時代までは極めて希薄で、『万葉集』で香りを対象とした歌はほとんどないようなんですね。それが、『古今集』などでは増えてくる。民族社会では、虹の色を3色に過ぎないと認識しているところもありますから、本来、生活に必要でない色彩感覚は、人間生活のなかでは大して発展しないのかも知れません。中国文化と関わることで開かされた目が、列島の自然の色彩の豊かさを発見し、以降、色を表す語彙も増えてゆくのだと思われます。