卜術優長者を選抜する方法とは、どのようなものだったのでしょうか。

恐らく、国家において試験を課すというより、各地域で優良な実践者を推薦する方式だったのでしょう。卜部については分からないことも多いのですが、平安期の記録には「亀卜得業生」という言葉も出て来ますので、国家的に亀卜技術者を育成するシステムも作られたようです。不思議なことに、卜部の貢進地である対馬壱岐などは、生態学的には海亀の上陸地ではないということで、亀甲の確保にもやはり国家的システムが介在したと考えられます。