僕はスサノオが天津罪を犯し手足をもぎとられたのを、ある種変身と理解しました。これは変身の定義から外れますか?
『古事記』の古い刊本のなかには、「祓」を「抜」と誤って書いているものがあります。正確には、スサノオは手足をもぎ取られたのではなく、鬚と手足の爪を切られて追放されたのです。鬚・手足の爪を切ることには諸説ありますが、供犠される人物には鬚の豊かな人物が選ばれたという中国の供犠例(髪や鬚、手足の爪など「伸びるもの」は、生命の活力ある証であるため)からすると、ここでは生命エネルギーを奪われたことを意味するのかも知れません。それはあるいは、荒魂を和魂へ変換するための通過儀礼であり、それゆえにスサノオは、ヲロチを退治するために働くのだと解釈することもできます。とすれば、これはひとつの「変身」だといえるでしょう。