ヲロチが峡の霊とすれば、蛇の姿になったのはどういうわけでしょう。やはり洪水との関連でしょうか。

端的には斐伊川の洪水への畏怖が大きいでしょう。しかし、現在我々が読むことのできる物語自体は、王権による「蛇」への蔑視が含まれていないとも限りません。講義でもお話ししましたが、ヤマタノヲロチ神話は『古事記』に掲載されるものの、『出雲国風土記』には含まれていません。ところで、『風土記』の方に語られる有名な国引き神話では、八束水臣津野命によって島根半島が形成されるさまが壮大なスケールで描かれています。この物語の起源は、元来島嶼の集まりであった半島を斐伊川などから流れ出す土砂が長い年月をかけて埋めてゆくさまを、何代にもわたって目撃した出雲の人々が誇りをもって語り継いできたことにあるのではないか、との指摘がなされています。とすれば、八束水臣津野命とヲロチは、同一の自然現象をモチーフにしていることになります。王権と在地、「観る」「語る」立場によって神話のベクトルが大きく枝分かれしてゆくのは、大変に興味深いことです。