そもそも狩猟とは、遺伝的行動様式なのでしょうか、それとも文化的行動様式なのでしょうか?
この問題は人類学における重要な議論の焦点です。1960年代頃、レイモン・ダートの「狩猟仮説」と呼ばれる学説が、極めて肯定的に扱われ信じられていました。そこでは、まさに狩猟は人類の「本質」を示す行為で、その効率的な遂行が大脳の発達を促し文明の構築へ寄与する一方、同種間・異種間の抗争、戦争も避けがたい問題として内包されるようになった、と説明されます。この考え方はその後依拠した多くの論拠を失い、狩猟・肉食よりも雑食性の方が重視されるに至って、かつてのような勢力は失ってしまいました。しかし、進化心理学などでは、人類の歴史上最も長く続いた狩猟採集社会がその淘汰圧に影響を及ぼし、現生人類は狩猟に秀でた集団の子孫である可能性が高いこと、その世界認識の方法や行動は狩猟と密接に結びついていることなどを指摘しています(例えば、男性・女性の心理テストを行った際、前者の空間把握能力が高い数値をみせるのは、狩猟行為において必要とされる「異なる空間のなかで対象を追跡し続けてゆく能力」に秀でた集団が、長い歴史のなかで生き残ってきた証であると説明されます)。現在は、遺伝も文化、歴史によって左右されるとの議論が大きくなっていますので(ドーキンスの『利己的な遺伝子』に登場するミーム理論など)、ある事象について「遺伝なのか、文化なのか」と問いを立てること自体を、再検討しなくてはならないのかも知れません。