皇太子という地位は律令体制成立後とのことですが、次期天皇の地位が律令に規定されていたとするなら、この時代から既に日本では王と法で制限することが実現していたのでしょうか。

残念ながら、天皇に関する規定は律令にはありませんでした。やはり、法は王のもとで臣民を統制するものと位置づけられていたのです。しかしそれはあくまで制度上のことで、現実には、律令法は天皇の活動を規制する力を発揮しました。その画期が、以前にお話しした「宮子称号問題」です。生母宮子に「大夫人」の称号を与えようとした聖武は、長屋王の指摘を受けて勅を撤回します。「綸言汗の如し」といわれた勅の権威が、律令法によって覆された画期となる事件でした。