天人女房譚などの原型が中国の怪異譚にあるとのことですが、その他「見るなの禁」など、日本の昔話によくみられるモチーフに中国由来のものはあるのでしょうか。

中国の神話伝承は日本の原型の宝庫といってよいほどで、探せば探すほどよく似たものが出てきます。よって漢籍の知識がないと、日本の神話、伝承の研究も底の浅いものになってしまいます。例えば、日本の神話のうち「見るなの禁」が最も早く現れるのは、『古事記』の黄泉国神話です。そこでは、妻のイザナミを連れ戻そうと黄泉国へやって来たイザナキが、真っ暗な建物のなかへ火を灯して入ってゆき、禁を破って妻の腐爛した姿をみてしまったために、逆にイザナミと黄泉の悪霊たちに追いかけられる結果となります。ギリシャ神話によく似たオルフェウスの神話があるので、そちらの方ばかりが比較対象に取り上げられますが、実は『捜神記』の396話にも酷似したくだりがあります。そこでは、談生という男が、ある夜更けに訪ねてきた美女を妻としますが、彼女は「私は普通の人間とは違いますので、三年経つまで、灯りを照らして私をみてはいけません」と「見るなの禁」を科します。二人の間には男子もできますが、セオリーどおり、あるとき談生はこの禁忌を破ってしまいます。灯りのもとに照らされた妻の身体は、上半身は普通の人間と変わらなかったものの、下半身に肉はなく干からびた骨だけの状態だった、というオチが付きます。しかしこの物語の面白いところは、二人は結婚できなくなったものの、妻の与えた着物の袍から彼女が某王の娘だと分かり、女婿の待遇に恵まれることになる点です。この話も生きた人間と死霊という異類婚姻譚の一種ですが、禁忌を犯しても幸福に恵まれるパターンは他にもあり、個人的には、動物の主神話におけるユートピア(狩人が動物の世界を訪れ、妻を得て子供も儲ける)とその喪失(狩猟の決まりを聞かされて人間の世界に戻る)に連なるモチーフではないかと考えています。