古墳における首長の喪葬に際し、多くの殉死者が生き埋めにされたとの話を聞いたことがあるのですが、思想の変化でそうした風習も消えたのでしょうか?

日本書紀垂仁天皇32年条に、喪葬を管轄した土師氏の祖 野見宿禰が、殉葬の悪弊を止めて埴輪を始めたとの伝承が出てきます。すなわち、土師氏の始祖神話、埴輪の起源神話に当たるものです。しかし注意しなければならないのは、日本の古墳からは、そのような大規模な殉葬の例がみつかっていないことです。ゆえに、上記の神話はあくまで神話に過ぎず、現実の記録ではないとするのが通説的な見方です。ただし、『魏志東夷伝倭人条では卑弥呼の塚に多数の奴婢が殉葬されたとの記載があり、後の大化薄葬令においても殉死・殉葬が禁じられています。多少の実態はあったものとみた方がよいかも知れませんが、いずれにしろ、日本ではもともと盛んな習俗ではなかったと思われます。