5〜6世紀に導入された王位継承に関する血縁原理は、そのまま現代の天皇にも繋がっているのでしょうか。

中国的な父系直系原理を理想とする形に整備されてゆきますが、当初は母系要素(つまり双系制)、非直系的要素も強かったものと考えられます。7〜8世紀の女帝の出現はそのことを証していますが、男性の正統的後継者が未だ即位できない場合、その後見として活躍することが多かったようです。かつては「中継ぎ」との位置づけもありましたが、女帝の統治期間は王権の存続における危機的な情況であるうえ、内政・外交の両面に渡って重要な局面を迎えていることが多く、むしろ、彼女たちの統治能力や社会的な信頼度の高さを物語っているものと考えられます。