講義でお話ししたように、蘇我氏は葛城氏の伝統を継承し、多くの渡来系氏族を傘下に抱えています。また、外交にも大きな力を発揮していましたので、物部や中臣より海外事情に通じていたと考えられます。蘇我氏の判断としては、まず仏教文化を習得しない限り東アジアの外交を円滑に行えないとの意識があったでしょうし、またその興隆権を自らが独占することで、政治的・経済的な利益が大いにあるとみていたと想定できます(事実、乙巳の変で本宗家が倒されるまで、技術援助に基づく半島との交流や、寺を造ろうとする各氏族への物品・技術の供与など、仏教行政は蘇我氏の独壇場となっています)。