『書紀』の乙巳の変の記事に登場している「俳優」は、歌舞をするだけでなく、何か政治的な役割を担っているのでしょうか。 / ドラマ『大化改新』で俳優が被っていたお面は、ペルシャっぽい雰囲気でしたがどこのものですか?

当時の宮廷において演じられた歌舞には、大別して在来系と外来系のものがありました。後の律令制雅楽寮において規定された演目をみてみると、前者は国土統一の物語りを基礎とする集団演舞で、神武東征や蝦夷征討などと関連する久米舞、朝鮮半島の経略などと基底とする吉志舞が典型です。久米舞は天皇側近の武力である大伴・佐伯、吉志舞はやはり天皇に近侍する阿倍氏と渡来系氏族吉士との関係のなかで醸成され、演じられてきました。乙巳の変のクーデター勢力には、阿倍内麻呂や佐伯子麻呂がみられるので、「俳優」も彼らに統括されていたものとみられるでしょう。なお、ドラマで使用されていたのは伎楽面で、7世紀の初めに朝鮮を介して伝わった中国式の歌舞です。コミカルで、西域などに由来する要素も多く含んでいます。