馬娘婚姻譚において、馬はそもそもどのような象徴的意味を持っているのでしょうか。また、なぜ桑の木なのでしょう。 / 蚕―桑―馬という文化要素のセットは、いかなる象徴性によって繋がっているのでしょうか。

大いに議論があるところで、私自身も解決できていない問題が横たわっています。まず馬については、やはり洋の東西を問わず男性象徴として扱われることが多いですね。それはまず、馬が支配者層の使う乗り物であり、軍事に関わる存在であったことが主要因でしょう。太陽を運ぶ馬車のイメージはギリシャ神話に出てきますが、例えば古代インドでも馬は太陽神の象徴で、その馬と王妃が疑似性交渉をすることで、王に神の力が宿るという祭儀が行われたようです。また、養蚕との関わりも複雑で、最も単純な説明は、蚕の上からみた姿が馬の顔に似ているからだ、というものです。そうした印象が大きな契機となった可能性もありますが、例えば厩の二階で、その暖かさを利用して蚕が飼われたことも、イメージの連鎖に繋がっているかもしれません。桑は蚕との関わりがもちろんありますが、神聖な樹木で、中国戦国末期の『呂氏春秋』という書物に、桑のなかから伊尹という英雄が生まれ出る話が載せられています。桑が子を宿すような女性象徴とするなら、馬との結びつきも生じてくる可能性がありますね。