若宮という存在は、神々の子というより「生まれ直し」の意味合いが強い、というお話が興味深かったです。輪廻転生を基本概念とする仏教圏であれば、そのような例は多いのでしょうか。

日本の神祇信仰の本質は、自然現象を表象することによって構築されています。授業でもお話ししましたが、季節が春から夏、秋、冬、そしてまた春へと巡ってゆくように、神霊もまた死と再生を繰り返すものと考えられたのでしょう。春日大社に限らず、若宮の誕生を祝う行事は秋祭りに多いようですが、これも実りの秋を表象したものです。よって、仏教によって作られた概念ではありません。逆にいうと、アジアにおいても、仏教の輪廻転生が長く理解されなかった地域があります。日本仏教の原型をなす中国がそうで、仏教が伝来した当時の中国には個体霊魂の永遠不滅という考え方がなく(実は、輪廻の主体が霊魂であると考えること自体が、仏教に対する誤解なのですが)、神滅不滅論争という儒仏間の議論が巻き起こりました。また、輪廻転生はある生命が生まれ変わって別の生命になる、それを繰り返すということなので、神祇信仰において神霊が生まれ直すこととは多少意味が異なってくるのです。神仏習合が定着する以前は、日本でも、神祇は輪廻しないと考えられていました。