農民が鎮守の森を伐採したとのことですが、神聖な寺社所有の森を伐ることに抵抗を覚えなかったのでしょうか。

もちろん一部には、聖域を侵蝕すること、神木とされるような樹木を伐採することへの畏れ、抵抗は存在しました。私は以前、「樹木が伐採に抵抗し、切り口から血を流したり、伐った人間が病気になったり頓死したりする」伝承の類を、北海道から沖縄まで所在調査したことがあります。結果、列島全域にわたって400以上の類例を得ることができました。それだけ広く、「畏れ」を生じる感受性は存在したのだということになりますが、一方で、日本文化が樹木をその主材料とする「木の文化」であることも確かなのです。人々は独自に祭儀や呪術を行って樹木の祟り、神仏による処罰を逃れようとしたり、あるいは神殺しの物語を増産しながら、自らの内にある「畏れ」を克服しようとしてきたのでしょう。