大江健三郎の「飼育」という作品に、山羊と黒人とが性交する場面が出てきます。これを神話的表現とする見解もありますが、人間と熊であれば同格の印象があるものの、山羊とではどのような意味があるのか理解できません。

すでに授業でお話ししたように、山羊との異類婚姻神話はインディアンなどに語られています。現在でも、性愛の最高表現のひとつとして「食べてしまいたい」というものがありますが、食事と性行為とは象徴的に重ね合わされやすい性質を持っています。ゆえに狩猟採集社会では、主な捕食対象の動物との間に、異類婚姻譚が発生しやすいのです。狩猟民、牧畜民は、当然のごとく、狩猟した動物を自分たちで解体します。サディズムマゾヒズムという言葉がありますが、肉体の損壊も性的快楽と結びつく要素を持っているのです。狩猟で矢を射ること、槍を打ち込むことも、男性から女性に対する性行為の象徴としてよく用いられます。そのような観念複合のなかで、実際に性行為の対象とはしない動物との間にも、イマジネーションの世界で交合が成り立ってしまうわけです。人間とは不思議な動物ですね。