最近の精進料理に肉料理がみられるのは、単に宗派や時代の問題なのですか。 / よく葬儀や法事の場で、果物や缶詰を籠に詰めて花のようにしてあるのをみかけますが、あれも共食のための供物なのでしょうか。天国では相手と互いに食べ物を食べさせあうなどの話も聞きますが、それも関係あるのですか。

精進料理は禅僧の食べるもの、あるいは潔斎中の食事なので、本来の意味としては酒や肉などが入り込む余地はありません。肉が入っていれば、それは和食や懐石料理ではあっても、精進料理とは呼べませんね。また、果物や缶詰を詰める籠は、亡くなったひと、あるいは神仏への供物として捧げられています。これは宗教・宗派によって考え方が違いますが、集まった親族、関係者で分けるところもあり、その意味では共食の糧になっているといえるでしょう。