〈見るなの禁〉は、中国から日本へ伝わったのですか、それともその逆でしょうか。

残存している文献からいいますと、当然中国のものが古いですね。ぼくの確認しているものでは、中国の戦国時代末(前3世紀頃)には成立していたとみられる『呂氏春秋』という書物に、殷帝国建国の英雄伊尹の出生譚が載せられており、〈見るなの禁〉が出てきます。そこでは、渭水付近に暮らしていた伊尹の母親が、あるとき「臼の間から水が流れたら、洪水が起きるので、東の方へ逃げなさい。決して後ろを振り返ってはいけない」との神のお告げを受けます。予兆を目にした母親は一目散に逃げますが、背後の轟音に気を取られ後ろを振り向くと、伊尹を身籠もったまま桑の木に姿を変えてしまう。洪水によって運ばれた先で、伊尹は、桑の木の洞のなかから救出されるわけです。〈見るなの禁〉は世界的に分布しており、伝播論だけでは説明できない部分もあるのですが、アジアの場合は、やはり中国の影響力が大きいでしょう。