三角縁神獣鏡についてですが、祖先崇拝の中国人が神々を刻むのは面白いと思いました。この頃には祖先崇拝はなかったのでしょうか? / 東王父や西王母について、銅鏡にその姿や名前が刻まれていますが、日本でもこれらの神を信仰していたのでしょうか。

中国にも、祖先と並んで本当に多様な神々が存在します。祖先信仰だけがある、というわけではありません。儒教、仏教、道教、そして在来の宗教、少数民族民族宗教などなど、宗教文化だけでも非常に多様で複雑な世界が広がっているためです。それらが対立/交渉をして棲み分けの方法を発見してきたのが、いわば東アジアのシンクレティズムの基底であり、以前にお話ししたように、かつて日本固有と考えられていた神仏習合も、中国の東晋の時期に言説・論理として開発されたものなのです。仏教や道教、そして儒教にかかわらず、中国や朝鮮半島の神々が列島へ伝来し、神社を伴い定着する事例は幾つかみられます。七福神などは複数の宗教にまたがっていますが、マイナーなところでは、近畿に多くみられる兵主神新羅明神摩多羅神などの特異な神々。天日槍などは、新羅の王子として『書紀』『播磨国風土記』にも登場します。よって、銅鏡に記された東王父西王母も信仰されていた可能性はありますが、銘文や祭祀方法も含めてそれを立証する痕跡はなく、世界観として知ってはいたけれども信仰には結びついていないと考えた方がよさそうです。