聖徳太子を多分に潤色された人物とする説には根拠があるが、なぜこれまでは無批判に信じられていたのだろうか。

授業でも述べましたが、太子の存在が、日本という国家の国際的危機において、時代を超えて常に語り出される〈誇り〉の論拠であったためでしょう。日本に住む人々のアイデンティティーが動揺する際、大国隋と対等に渡り合ったという神話が、ナショナリズムの胚胎する揺籃となる。また、浄土真宗をはじめとする仏教諸宗派が、聖徳太子を日本仏教の創始者として崇拝している点も重要でしょう。神話が現実としての機能を果たすことが、極めて長期にわたって行われ、列島に暮らす人々のメンタリティーに深く刻印されてきたのです。