建物の配置まで中国を真似しようとした、ということの意味が分かりません。建物の配置に進歩している/していないは関係ないのではないかと思うのですが。

建物の配置には、建物が持つ以上の意味が含まれているのです。まず授業でもお話ししたように、正確な南北方位が採られているかどうか、という問題があります。中国では、天帝の住む紫微宮が北天に輝くため、地上の天子はこれを背負って南面するとの発想があり、これが文明的あり方となります。まだ南北方位が徹底されておらず、太陽信仰に基づく東西方位であったり、地形に規制され建物ごとに異なる方位が採られていたりすれば、それは「未開」の情況を示しているわけです。また、宮殿にいかなる建物がどのように配置されているかは、君主がどこに立って報告を受けるか、あるいは命令を下すか、臣下はどこにあって献言をするか、命を受けるかなど、君臣関係の視覚的実現に直接影響してきます。建物配置は、天子をどのように演出するか、儀礼や祭儀をどのように実現しうるかと密接に関わっているため、むしろ、当時の価値観でいえば文明の「進歩」を体現する要素であったのです。