日本の『今昔物語集』の事例には儒教的な色彩が濃厚で、朝鮮半島の文化との関係性を示唆されていましたが、その頃の半島の儒教は、日本列島へ影響を与えられるほどに盛んだったのでしょうか。

確かに、その点は充分考慮しなくてはなりません。実は、この講義のもとになった論文では、『今昔』の都邑水没譚を、遼代説話世界の影響を受けたものかもしれないと展望していました。近年は、院政期の説話世界が、遼・非濁の『三宝感応要略録』などに大きな影響を受けたことが判明してきています。『百座法談聞書抄』から『言泉集』『説経才学抄』『普通唱導集』などの唱導関係書、『今昔物語集』『私聚百因縁集』『地蔵菩薩霊験記』『三国伝記』『大般若経得験記』などの説話集、『佚名諸菩薩感応抄』『三宝感応録並日本法華伝指示抄』『弥勒如来感応抄』『真言伝』『醍醐寺焔魔王堂絵銘』といった抄録類に至るまでが、その系列に属します。『今昔』の都邑水没譚では、予兆の主体が卒塔婆になっている点も、適合的との印象です。未だ仏教文化以外の情況はよく分からず、儒教的要素もどうなっているか考えねばならないわけで、これからより詳細に検討を重ねてゆく必要がありそうです。