近代史学の成立について伺っていて、それ以前の情況が気になりました。江戸期の歴史叙述については、厳密な文献考証に基づく清朝考証学のお話がありましたが、教育についてもそうだったのでしょうか。

まず、考証学自体は歴史叙述ではありませんので、教育に用いられた史書などは、やはり儒教的な、特定の倫理・道徳を通して過去を裁断し、勧善懲悪を教えるものが多かったと考えられます。例えば、平安時代から用いられた『蒙求』という漢籍がありますが、これは、『文選』『世説』『北堂書鈔』『初学記』『芸文類聚』といった書物から古人の美徳・汚点を抜き出し、詩句の形式にしてまとめたものです。これを読み習った者は、歴史上の人物の言動を通して、善とは何か、悪とは何かを学べるようになっていました。歴史は現在をみる鑑とよくいいますが、前近代には本当の意味で、歴史が生きてゆくうえでの指針として扱われていたのです。