古墳時代にも、列島各地には多くのクニが存在したと思いますが、それぞれのクニにおけるカミの定義は多種多様だったのでしょうか。

前回も少し書いたのですが、地域的多様性を持ちつつも、だんだんと画一性を持ってゆくようになります。それは、6世紀のヤマト王権に神祇祭祀を統一的に扱う部署が発生し、自然神に対する神祭りの方法を、滑石製模造品の3点セット(刀剣・有孔円板=鏡・玉)を用いたものへ統一してゆくからです。こうした段階を経て、7世紀には神話が整理され、皇祖神を頂点とする神統譜も作られてゆき、個性は残しつつもある程度普遍的な神祇のイメージが成立してゆくのです。