『日本書紀』の編纂者は舎人親王だと習いましたが、彼ではないのですか。

舎人親王は、確かに、最終的に『日本書紀』を奉上した人物として『続日本紀』に名前が出てきます。しかし、それ以前の編纂の過程では関与していた痕跡がありません。『書紀』の区分論的な内容分析からすると、その編纂事業は7世紀末の段階から開始されており、順次進められてきたと考えられます。舎人親王は、その最終段階において、あくまで総裁として全体を統括したものと推測されています。