神殺しの言説について、この自然環境を開発してゆくという考え方は、西洋で起こった自然を支配できるとする考え方と同様のものなのでしょうか。 / 神殺しについて、庶民はもちろんですが、王権を構成している氏族たちは、それまでの自然観を簡単に払拭できたのでしょうか。 / 神殺しはうまくいったのだろうか、人々の信仰をそう簡単に変えられるのだろうか。 / 現在、神殺しのような思想はみられないように思いますが、いつ転換したのでしょうか。

もちろん、日本列島には、現在に至るまで自然環境に神霊の働きをみるような心性が残っていますので、古代のこの時期に自然神への畏怖がまったく焼失してしまうということはありません。藤原京平城京の工事に参加し、山を削り、森林を伐採し、河川を埋め立てた人々も、日常生活においては神祇を信仰していたわけです。神殺しの際に、「天皇の命令」が持ち出されることがひとつのミソで、天神の子孫でそれ自身カミである天皇の指示でやったのだということ、そう考えることによって神殺しの葛藤を鎮めようとしたともみられます。神殺しの背景には神祇間ヒエラルキー、すなわち天神地祇の間の序列の問題も絡んでおり、高位の神の指示を得た人々が下位の神と戦う、構図になっていることにも注意すべきでしょう。