途中で仰っていた、「カラスの鳴き声で行う占い」がとても興味深かったです。詳細を教えていただけないでしょうか。

以下、昨年の『上智史学』に載せた例会報告の要旨になります。もっと詳しいことが知りたければ、研究室をご訪問ください。東巴経典の実物もおみせします。

「環東シナ海の動物表象をめぐるラフ・スケッチ―東巴経典『以烏鴉叫声占卜』をめぐって―」

 二〇一三年八月、私は、中国雲南省麗江市に拠点を置く少数民族〈納西族〉における骨卜の実施情況を把握するため、東巴文化研究院の李徳静所長、王世英研究員、納西族の呪師である〈東巴〉楊玉華氏の協力を得て聞き取り調査を行った。その過程で思いがけず、楊氏より、儀式の場で用いる戦神本尊の絵像や多くの関係資料とともに、肉筆の東巴経典一冊の提供を受けた。東巴経典とは、現在世界で唯一機能している絵文字〈東巴文字〉によって、民族の神話、祭儀・卜占の方法、起源などを記録した書物である。東巴は祭儀の斎行に際し、この絵文字をナシ語に口頭変換して、独特の節回しで読誦する。一九九九年、東巴文化研究院では経典群を漢訳した『納西東巴古籍訳注全集』一〇〇巻を刊行、研究の裾野は大きく広がった。しかし、もともと絵文字から口誦への変換は、東巴個々人や師資相承の系統においても振幅があり、『訳注全集』の普及によりテクストが一元化される危惧も生じたため、個々の写本と祭儀実践への注視が一層必要な情況となっている。
 私が入手した東巴経典は、烏の鳴き声に注目し、その発せられた時間、様態、方角、場所などによって、喪事や口論・争闘、盗難、病災に遭うかどうかといった憂事・吉凶事の招来を占う、『以烏鴉叫声占卜』と呼ばれる卜書である。寸法は縦九・四?、横二九・二?、一二紙からなる横綴冊子すなわち貝葉経の形状で、表紙及び本文一〇紙の表裏に、東巴文字が三段にわたりペン書きされている。本経典は、すでに『訳注全集』第九九巻にも収録されているが、同巻掲載の影印と比較してみると、文字の形式、配列など、細かい点で多くの相違が認められる。
鳥の鳴き声や様態をめぐる卜占は、すでに六朝期の怪異占・雑占のなかに見出され、『隋書』経籍志、『太白陰経』などに幾つかの書名や逸文を残す、「鳥情占」も知られている。そして、烏に特化した鴉鳴占卜書としては、敦煌文書に四点ほどの漢語文献断簡(P.3479、P.3888、P.3988、Dx.6133)、その起源と想定される古チベット語文献(P.T.1045、P.T.1049、IOL.T.746、IOL.T.747、P.3896背)が確認できる。その占文の形式、占断の内容は、『以烏鴉叫声占卜』とも多くの共通点がある。東巴教自体がチベット仏教の影響下に形成されたことからすると、本経典も、チベットの占卜文化との交渉の産物と位置づけられよう。なお、鴉鳴占卜は日本列島にも広く確認されており、中世以降、陰陽書から大雑書へと続く漢籍の消化のなかで、地域の民俗として定着していったものと推測される。これらの比較には先行研究がないが、その重要性は言を俟たない。
東シナ海をめぐる中国、朝鮮半島、日本の文化には、右で扱った烏はもちろん、亀や蛇、兎、猿、犬、虎、狼など、多くの共通する動物表象が重要な機能を果たしている。それがいかなる言説形式のなかで使用され、どのような社会的場で象徴的な意味を発揮するのか。その共通性や相違、背景にある歴史過程のあり方を分析・考察してゆくことで、環東シナ海における隠れた文化交渉の実態を明らかにすることができるだろう。