ナショナル・ヒストリーの形成によって、長い期間にわたって受け継がれた各地域の価値観が否定されてゆくとのことですが、実際にそう簡単に人々の心性が変わってしまうものなのでしょうか。

確かに、長年の間強固に変わらない認識も存在するのですが、一方で、つい数年前、数十年前まで一般的だった考え方、心性、感性が、まったく更新されてしまうということも存在するのです。例えば、東日本大震災で多くの死者を出した東北地方ですが、当時、火葬施設の稼働がままならなかったために、大部分の人々が仮土葬の形式で埋葬をされました。しかし、火葬施設が復旧・稼働し始めた5〜6月頃には、仮土葬した人々をあらためて火葬にしたケースが90%程度あったようです。ひとりひとり遺族にコメントを求めると、やはり土葬は可愛そうだとの回答が大半だったようなのですが、実は東北地域は、80年代頃まで埋葬方法は土葬が一般的だったのです。当時は、遺体を焼いてしまう火葬の方に、「可愛そうだ」という意識が強かったわけですね。もちろん、災害という例外的ケースですので一般化はできないかもしれませんが、最も変わりそうにない生死に関わる身体的感覚、あるいは身体に関する感性・心性でも、短期間の間に180度転換してしまう場合もありうるということです。このような事例は、実は枚挙に暇がないのです。