東北に米所が多いのは、何かパワーバランスの問題が多いのでしょうか。

今回の講義でも話をしましたが、近世〜近代にかけて、寒冷期の東北が稲作の実験場のようになっていったことと関係があるのだと思います。近世には、新田が開発されてゆく一方で、稲作依存の弊害から飢饉も繰り返し生じ、一方で農作物や食の多様化が目指されてきました。飢饉は近代に入っても続き、東北農村に大きなダメージを与えますが、そうした情況を「救済」するものとして、寒冷地対応品種たる陸羽132号が生み出されてゆくのです。現在の情況は、そうした過去からの文脈のうえに成立しているといえるでしょう。