浄土教が唱えた「来世の極楽往生」を実現するためには、どんな具体的な方法があるのでしょうか?

例えば王朝文化全盛期の平安貴族たちが信じていたのは、世俗的な栄達が往生の形式にも直結するという発想です。すなわち、生前絢爛たる寺院建築を建造したり、寺院や僧侶に寄進し仏教の保護に努めた人間は、死後もよりよい形での成仏ができる。例えば、良源という僧侶の唱えた九品往生義では、上品上生から下品下生まで九つの段階の往生がありましたが、みなそのより上の階梯を目指したわけです。しかし、最大の権力者だった藤原道長が下品下生の往生しかできなかったという逸話が、『栄花物語』に記されています。種々の議論がありますが、これは、ふつう一般人にはできない往生が、道長だからこそ可能になったものと理解されています。