自然環境への人間の意識が、崇拝から保護へと変わっていったのはなぜなのでしょうか?

保護は責任感の表れである一方で、やはり、人間の力が自然の力を上回ったという優越、傲慢がどこかで入り込むということでしょうね。一般的には近代の産業革命が当てはめられるでしょうが、実は古代においても、自然環境の開発を進めるためにその象徴である神を殺すという、『もののけ姫』を地で行くような現象が存在しました。人間はその無知のなかで、常に自然を乗り越えたと誤解し、しかし手ひどいしっぺ返しを受け、それでも懲りずに…を繰り返します。東日本大震災の折、何千何万という生命と引き替えに痛感した教訓でさえ、現在もう忘却されようとしています。