蛇について、一方ではヤマタノヲロチのように怪物とされ、一方では神として崇められています。地域によってこのような相違があるのはなぜですか。
地域の歴史性や、時代的な変化によるものです。ヤマタノヲロチは、古代出雲の怪物とされますが、中央政府の編纂した『古事記』にのみ現れて、『出雲国風土記』には登場しません。記事をみると、明らかに斐伊川の流れる山を総体として神格化したものです。斐伊川は、山からの土砂を大量に含んで氾濫を繰り返し、もともとは群島であった隙間を埋めて島根半島、宍道湖を創り出したと考えられています。このような河の働きは、一方では国土創生の偉大な活動と映りますが、一方では災害を伴う恐ろしいものです。ヲロチは、恐らくは出雲国の人々にとって重要な神格であったはずですが、統治者・支配者たるヤマト王権の側からすれば、驚異・恐怖の対象だったのでしょう。また、王権がかつて神の支配する領域をも開発するようになると、その地に祀られていた神が化け物として退治されるようになってゆきます。『常陸国風土記』行方郡条には、扇状地の主たる夜刀神という神蛇が、箭筈麻多智なる人物によって蹴散らされ、山の上へ封じられるという伝承が収められています。麻多智の一族は、以降この神蛇を祀る祝官となるわけですが、蛇神/人間の力関係が入れ替わる過渡期を描き出す史料として重要です。